野良猫
部屋の中が涼しくて目が覚めた。
身体を起こして、あたりを見渡すとセンセーはまだ眠っている。
布団から抜け出して、出窓に腰を下ろしてみた。
窓の外は、まだ点々と光が海に浮かんでいる。
その光を指先でなぞってみた。
くるくると回る光は、灯台の光だろう。
綺麗な夜空の下で、漁船の光が輝いて見えた。

「こんな綺麗なの、みたことないや」

小さく呟きながら、カバンから取り出した煙草に火をつけた。
ココアのような味が口のなかに広がって、肺に染み渡る。
口を緩めて煙をゆるゆると吐き出した。

「…センセーにあえて良かった」

小さく呟いて笑う。車で聞き慣れた歌を口ずさんだ。
そんなに上手じゃないけれど、きっとこの歌は一生忘れない。
煙草を咥え、もう一度深く煙を吸い込む。
慣れた味が、どこか味気なかった。
首輪に触れる。心地よい手触り。
センセーが噛んでほつれた場所に指を這わせた。

「時間が止まればいいのにな」

膝を抱えて前かがみになりながら、灰皿に煙草を押し付けた。
布団に腰を下ろして、センセーを見つめる。
規則正しいリズムを刻む胸にホッとしながら、横になった。
センセーの方へ少し近付いて、手を伸ばす。頬をさらっと撫でて笑った。

「…千陽」

「ごめん、起こした?」

「ああ…、こっちおいで」

「ん」

両腕を開いたセンセーの腕の中に入る。
センセーの身体は暖かくて心地よい。
真夏の夜でも、エアコンの効いた部屋は涼しかった。
少し冷えた身体がセンセーの温度と交わり、心地よくなる。
ぎゅっと抱きしめてもらって、目を瞑った。

「難しいことかんがても、どうせわからないんだろ…。何も考えないで、ここにいればいい…」

眠たそうな声でそういったセンセーは俺を抱きしめて、すぐに眠りにつく。
また眠りに入った吐息が規則正しい微かな音を漏らした。
センセーの言葉に、小さくうなずいた。
センセーのリズムにつられて、そのままゆっくりと真っ暗な世界に落ちていった。


「千陽」

優しく呼ばれる声は、心地よくて好きな声だ。
ぼんやりと座っていると、センセーがそばに寄ってきてくれる。
ぎゅっと抱きしめられて、頭を撫でられた。

「…せんせ、俺、本当は思い出にしたくない。…せんせいとずっと一緒にいたい。せんせいの赤ちゃん、産んで、せんせいと家族になりたい」

そう呟けば、センセーが微笑んだ。
千陽。
もう一度名前を呼ばれる。

「…思い出にしたくない」

ポタリと涙が伝った。
きっと、これは都合のいい夢。
目を瞑って瞬きをする。
夢の中のセンセーはどこか消えていた。


「千陽、起きろ」

センセーの声で目が覚めた。
頬に触れてみると、涙は流れていない。
ホッとしながら身体を起こした。

「散歩、行くんだろ」

センセーに言われて、昨日眠たい中で呟いていたことを思い出す。
頷いてから起きて準備に取り掛かった。

外に出れば、まだ涼しい風が吹いている。
海を眺めながらゆっくりと歩いていると、センセーが足を止めた。

「駿さん?」

センセーの足元には猫が集まっていた。
3匹の猫が足元で寝転がっていて、笑ってしまう。

「駿さん、猫にモテモテだな」

センセーの足元にしゃがみこんで、猫の頭を撫でた。
ぐるぐると喉を鳴らす猫が愛らしくて、何度も撫でてあげる。
センセーも同じようにしゃがみこんだ。
ポンポン、と頭を撫でたセンセーが、笑う。

「お前も猫みたいなもんだもんな」

センセーの指先が髪を梳く。
猫の頭を撫でながら、ちらりとセンセーを盗み見る。
優しい表情のセンセーに、キュッと唇を噛んだ。
暖かくて、包み込むような声で名前を呼ばれる。

「千陽」

センセーの大きなてのひらが、俺の頬を包む。
チュッと軽く唇が重なった。
気持ちが良くて小さく笑えば、センセーがもう一度キスをくれる。
ぎゅっと胸が締め付けられた。

「野良猫が懐いたな」

頭を撫でてから立ち上がったセンセーを見上げる。
猫の頭を何回か撫でて、バイバイと伝えた。
立ち上がって、センセーの手に触れる。
センセーはすぐに手を握ってくれた。

「景色綺麗だね」

「ああ」

「センセー、ありがとね」

ぎゅっと手を強く握ってから微笑んだ。
太陽の光を浴びたセンセーはキラキラと輝いていた。

寝室 end
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