煙草
彼が運命だと気付いたのは、その甘ったるいバニラのような香りからだった。
細い腕がすらりと腕まくりをした白いYシャツから、握ったら折れてしまいそうな細い足首がたくし上げた制服のスラックスから、覗いていた。
高校生17歳なんて、どこにでもいる、ありきたりな若い肢体のはず。
そう思って眺めていたけれど、やけに魅力的に見えた。
バニラの香りが好きだから、なんとなく彼が運命だと感じたのだ。
それはただただ、直感的で、本能的で、理性的でない感覚。
彼と俺が持つ特別な性だから、感じられた感覚なのだ。
そう思うと、運命も悪くないのではないかと思う。


夏の暑い日差しが格子のついた窓から入り込む体育館のギャラリーで、彼は日差しに目を細めながら細い指で煙草を挟んでいた。
時折唇から溢れる紫煙がゆらゆらと揺れる。
窓の外の向こうでは体育の授業中のようだ。
楽しげな声が開けた小窓から聴こえてくる。


「センセーもタバコかよ?」
 
赤い唇がゆっくりと舌ったらずに話す。
長めの前髪が汗に濡れていた。
ポタリ
頬に溢れたその汗の雫は彼のYシャツに落ち染みを作る。
暑くて頭がやられているのだろうか。
教師としての自分はここには居らず、彼の言葉や彼の行動をとがめようと思えなかった。
ただこの茹だるような暑さの中、彼の存在だけを感じている。


「…俺の特等席がまんまとクソガキに取られたな」

「開口一番にそれかよ、意外と口悪いんだな、せんせ。ここは俺の特等席でもありますー。ま、お隣どうぞ」
 
そう言って笑った彼からバニラの香りが漂っていた。
彼の手元のタバコはセブンスター。
今のヤンキーもセブンスターを手に取るのだな、と沸騰した頭の中で考える。
運命だと感じたのは一瞬。
きっと彼はまだヒートを迎えていないお子様の身体なのだろう。
そんなお子様の匂いを感じ取った俺は、ただの変態にしか思えない。


「センセーなに吸ってんの? 赤マル? セッタ?」

「キャスター」

「キャスター? あんな甘ったるいの吸ってんの?」

「勝手だろ。セブンスターもココアっぽくて甘ったるいだろ」
 
懐っこく話しかけてくる姿はまるで気まぐれな野良猫だ。
彼の噂は担任や学年担当からよく愚痴という形で聞いている。
誰にも懐かない、コミュニケーション能力に欠けている、その上乱暴でいうことを聞かない。
噂の中の彼はそんな悪ガキだった。


「センセ、イメージと違うね」

「イメージ?」

「いつも優しくて、面白くて、人気者ってイメージ」

「へえ、お前も俺のことそんな風に思ってたの」

「んー。あとαの中のαって噂なら聞いてる」

「よく俺のこと知ってるな」

 太陽の日差しが彼の柔らかなグリーンアッシュを透けさせる。
ふわっと香った彼の本能の香り。
おそらく、彼がヒートを迎えるのはもうすぐだろう。
笑みを浮かべ、膝を抱えた彼は大人のまねごとみたいにセブンスターを咥えた。
キャスターのバニラの香りと、セブンスターの香りが交わる。


「センセーみたいなαがなんでこんな学校にいるのかずっと気になってた」

「教えない」

「けちんぼ」

「うるせークソガキ」

彼のグリーンアッシュの髪が風に揺れる。
この髪はとても綺麗で、好きだと思った。
熱気を孕んだ風に時折揺れる。
少し汗でしっとりとした髪は、子どもらしくて好感的だ。
大人の真似をする彼は、可愛くない。


「センセー、この時間ここにいるの」

「教えない」

「けちんぼ。センセー、ヒミツ主義者」

「関わったことのない奴においそれと教えるか」

「いじわる」

口から出る言葉は可愛いお子様のそれで、思わずくつくつと笑ってしまう。
彼が驚いたように目を見開いた。
それから、煙草をくわえ煙を吸い込んだ。


「そういえば、お前名前は」

「生徒の名前くらい覚えた方がいいよ、センセ。俺、センセーの授業は出てるのに」

「俺は自分のクラスだけ覚えて、あとは適当に話あわすようにしてんの」

「わーサイテー」

サイテーと言いながら、彼はふわりとバニラの香りを漂わせながら笑った。笑えば可愛いのに。
心の中でそう呟きながら、彼を眺めていると柔らかそうな唇から紫煙がこぼれた。
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