千陽の半ズボンから覗く細い足首が、海に浸った。
熱い風が頬を撫で、時折、涼しい風も吹く。
アッシュグレーの長い前髪が、うっとおしそうに千陽の顔を隠した。
細い指先がその髪を耳にかける。
その仕草が太陽の下でキラキラと光を浴び、淡く見せた。
誰もいない、誰にも知られていない小さな浜辺。
幼い頃から家族に隠れてよくやってきていた。
千陽をここ連れてきてよかったと思う。
嬉しそうに、楽しそうに笑う姿が見れて、ホッとした。

「駿さんも、入って」

手招きされて、ジーンズを捲った。
千陽の隣まで進めば、嬉しそうに笑みを浮かべる。
この素直な表情を、いつから愛おしいと思うようになったのだろうか。

「気持ちーね、駿さん」

「あぁ」

千陽の髪がまた風に揺られて、頬を撫でる。
指先で掬い耳にかければ、つり目が嬉しそうに柔らかくなった。

「あっ」

千陽は足元を眺めて、何か見つけたのか、腰をかがめた。
それから指先で拾い上げて、太陽にかざす。
青いそれは光を浴びて、千陽の頬に影を落とした。

「すげー、キレイ。これなに?」

当たり前のように、見上げて聞いてくる。
いつもより子どものような、年相応の表情に目を細めた。

「これはシーグラスだ。海や湖でガラス瓶などが割れたものが、波にもまれて角が取れてできるんだ」

「シーグラス。持って帰っていい?」

「好きにしな」

「ん。…あっ、またあった」

しゃがんだ千陽の足がもつれる。
そのまま海に座り込んで、呆気にとられた顔が見えた。

「お前、なにしてるの」

笑い声が溢れて、自分の影が千陽を覆う。
千陽は影の中で、笑った。
伸びてきた細い手が、手首を掴み引っ張る。
その力に抗わずに倒れれば、千陽を海に押し倒した。
引いて打ち寄せる波が、千陽の髪をゆらゆらとゆらす。
海に浸かったジーンズが海水を吸って重くなった。
千陽を腕で作った檻の中に閉じ込めれば、細い手が背中に回ってくる。
その手がとても熱くて、柔らかな白い額に口付けた。

「駿さん、眩しいね」

目を細めていう千陽がゆっくりと肘をついて起きる。
それに合わせて身体を起こした。
濡れたグリーンアッシュの髪を耳にかけてやり、口元のホクロにもう一度口つけた。

「また日焼けするな」

海水が垂れる額を手の甲でぬぐい、口付ける。
くすぐったそうに笑った顔が年相応で、つられて笑った。

「しょっぱいな」

「海の味?」

ケラケラ笑いながら、千陽が膝立ちになった。
腰を支えてやれば、すぐに千陽が額にキスを落とす。

「駿さん」

「ん?」

「ありがと」

ぎゅっと千陽に頭を抱きしめられた。
胸に顔を押し付けられる形になって、甘い香りが鼻をくすぐる。
薄っぺらな身体は熱を帯びていた。 

 薄暗くなった帰り道を、海水に濡れた服を絞りながら歩いた。
はしゃぎ疲れたのか静かになった千陽は、時折空や海を眺めたりしている。
時折、立ち止まって海を見つめ、また思い出したように歩き出した。
それに合わせて歩きながら、夕日を眺める。

「せんせ、煙草ちょーだい」

「ああ」

ポケットから煙草の箱を取り出した。
その箱は波打ち際に腰を下ろした時に濡れたようで、役に立たなくなっている。

「はは、」

途中にあった自販機の脇の灰皿に中身を捨てた。
飲み物を眺めている千陽の脇から小銭を入れる。

「ほら、好きなの選びな」

「コーラ」

「自分でおせよ」

「はーい」

コーラのボタンを押して、がしゃんと一本落ちてくる。
千陽はプルタブを倒してよく冷えたそれを煽った。

「うま」

「一口」

コーラの入った缶を受け取って、一口飲めば強い炭酸が口の中を刺激した。
それから口の中に広がった甘い味。
冷えたコーラは疲れた身体に染み渡るようだった。

「暗くなってきたなー」

空を見上げた千陽が、笑った。
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