夏休みの宿題
センセーの部屋でまた目を覚ました。
センセーが夏休みのうちは泊まっていていいと許可をもらってここにいる。
思ったよりも早起きなセンセーは今日もベッドの中にいなかった。
のそのそとベッドから降りてリビングダイニングへ向かう。
ドアを開ければコーヒーの香りがした。

「千陽、もう少し早く起きろ。夏休みだからってだらけるな」

「んん…、駿さんが、早すぎなんだろ」

「ほら、顔洗って来なさい」

部屋から出て、顔を洗う。
さっぱりしたところで、もう一度センセーの元に戻った。
隣に立って、センセーから水をもらう。

「ふあ…」

「間抜けなつらだな」

「んんん、うっさい」

うんと背伸びをしてから、腹を掻いているとセンセーにその手を取られた。
痒くて身をよじれば、センセーが笑う。

「痒いんだけど」

「掻くなって」

「んー」

「まだ眠そうだな」

こくりと頷いてから、センセーに寄りかかる。
頭を撫でられて、ふわっともう一度欠伸をした。
眠気がひどい。

「千陽、夏休みの課題終わったのか」

「やってると思う?」

「…教えてやるから、今日は勉強だな」

「え、えええ…」

パンっと背中を叩かれて、少し咳き込む。
キッチンのシンクの上にはパンが用意されていて、食べればと声をかけられた。
半分くらい食べて、お腹がいっぱいになってしまい、センセーに残りを渡す。

「お前、少食だよな」

「んー。あんま腹空かない」

「まあ残せば俺が食うからいいんだが」

「歯磨きしてくる」

「おう。終わったらリビングで勉強見てやるから、準備しておけよ」

テキトーに返事をしてから、歯磨きをしに洗面所へ向かう。
歯磨きを終えてからカバンの中から教科書とプリントを取り出して、ソファーに腰を下ろした。
携帯を眺めていると、センセーが洗面所へ向かうのが見える。
また幼馴染から電話が来そうで、予め連絡を入れておいた。
戻って来たセンセーが隣に腰を下ろしたのを見て、カーペットに降りる。

「全部わかんねーから」

「自慢じゃねえぞ、それは」

「わかってるって。駿センセーが教えてくれんだろ」

「…ある程度はな。あとは自分の力でやらなければ意味がないからな」

「んー」

プリントを眺めてもやっぱりわからない。
センセーの授業は出ているからかろうじてわかるが、他のやつがわからなかった。
まずは一番嫌いな数学から終わらせたくて、数学のプリントを眺めているが、案の定わからない。
唸っているとセンセーもカーペットに降りて来て、煙草をふかし始めた。
隣から覗き込んで来て、プリントをちょっとセンセーに寄せる。

「まずどっからわからねえの」

「ん、解き方」

「公式ってことか?」

「ん」

「ここは、このXとYに…」

隣で煙草片手に、シャーペンでカリカリと書いていくセンセーの説明はわかりやすい。
さすがセンセーだな、と妙に納得する。
教えてもらった通り、そのまま解いていくと簡単に解けた。
あとは同じ問題ばかりで、スラスラと進んでいく。

「わかった」

「やればできるじゃないか」

「ソーみたい」

「間違えてもいないし、この調子で次の問題も解いてみろ」

小さく返事をしてから進めると応用問題もなんとか自分で考えて解けた。
ちらりとセンセーを見れば、偉いな、と笑って褒めてくれる。
それが少しだけ嬉しくて、表情が緩んでしまった。
センセーに腑抜けた顔を見られたくなくて、プリントにかじりつくように進める。

「今日は数学と英語だけにしとくか」

「ん」

そのあと数学は何箇所か教えてもらって、すんなりと終わった。
どこか化学とも似ているところがあるからわかりやすかった。
終わればセンセーがお茶を持って来てくれて、自分が喉が渇いていたことに気づく。
冷たいお茶が喉を通っていくのが気持ちがいい。

「数学だけじゃなくて、他の教科もだが、残った部分は毎日少しずつ進めていけよ」

「…えー…」

「やらないから余計にバカにされるんだ。できていることを見せつけろ。そうすれば教師も何も言わないだろ」

「…ん」

こくりと頷いて、もう一度お茶を飲む。
数学のプリントを片付けてから、英語のプリントを出した。
センセーは煙草を灰皿に押し付けてから、俺の頭を撫でて立ち上がる。
麦茶の入ったペットボトルを持って来て、もう一度腰を下ろしたセンセーを見た。

「英語もさっぱりか」

「うん」

「お前、公式とかがわかればすぐ理解できるのにな」

「…授業出ないし、それにもともと授業についていけないの」

センセーがよくわからないというように首をかしげた。
少しムカつく仕草にセンセーの太ももをつねる。すぐにその手を払われた。

「授業が早すぎて。ノート取るのも遅いから間に合わないし」

「他のやつに借りればいいだろ」

「俺にそういう奴がいると思う?」

納得したようにああ、と言ったセンセーにため息をついた。
それから、ムッとしつつ、英語のプリントを睨みつける。
センセーはまたプリントに書き込みながら教えてくれた。

「なるほど…」

「単語がわからなければ意味がないから、まずは単語を覚えるんだな」

「んー」

「とりあえず今は辞書を貸してやるから、このページまで進めな」

「りょ」

教科書とプリント、辞書と向き合って、唸りながらも教えてもらったところを進めていく。
集中して問題を解いていけば、周りの音が聞こえなくなった。


「終わった…ッ」

3時間近く集中していたのだろうか、プリントから顔をあげて窓の外を見れば日が傾き始めている。
センセーの姿を探せば、ソファーで仰向けで昼寝をしていた。
こっちはずっと勉強していたのに、と思いながらも、センセーの顔を隠していた英語の参考書に思わずキュンと胸が高鳴る。
センセーのTシャツの腹部にグリグリと額を押し当て、顔を埋めた。
バニラの香りが鼻をくすぐった。

「んん…、千陽? 何してんだ」

「んー、懐いている」

「懐いているとは。…課題終わったのか」

「ん。終わったよ」

腹に顔を埋めていると、センセーの大きなてのひらが頭を撫でる。
慣れた手つきに、心地よくなっていると、センセーがプリントを長い腕を伸ばしてとった。
内容を確認して、シャーペンで直しを入れてくれる。
それが終わったら、センセーは体を起こして、両腕を開く。
その腕の中に入ると、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「千陽の身体、子ども体温だな」

「んー」

「頑張ったな、ほとんど間違ってるところなかった。あとは明日にでも直せ」

「ん」

「やればできるんだから、わからなければいつでも俺に聞きにくればいい」

「いいの」

「頑張り屋は可愛がるさ」

背中を何度も撫でられて、目頭が熱くなった。
そんな風に言われたことなんてない。嬉しかった。
センセーの言葉が、あんまりにも優しくて、嬉しかった。
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