薬
「今から指を入れるからね」
声をかけられて、ぎゅっと目を瞑る。
身体が冷えて行く感覚に襲われて、センセーの手を探した。
握ってもらって、息を詰める。
ぬるっとした潤滑液を塗ったゴム手袋をまとった指が入って来た。
「うう…、気持ち悪い」
「深呼吸してね」
「ん、…ふう…、」
手を握ったセンセーが時折親指で手の甲を撫でてくれた。
その心地よさに気持ち悪いのが少しだけよくなる。
「次は機械が入るよ。すぐに終わらせるから深呼吸してね」
「ん、ん…、っ」
生ぬるくて硬い機械が中に入り込んでくる。
息を詰めていると、センセーが空いた片手で髪を撫でてくれた。
「千陽、息吐きな」
「ん…」
「よし、終わりだよ。機械を抜くからね」
指が抜けれて、ホッとした。
タオルを腰に巻かれて、カーテンが開かれる。
ゆっくりと起き上がってから、受け取ったティッシュで潤滑液を拭き取った。
「頑張ったな」と囁かれて、頷く。
下着を履いて、スラックスのベルトを締めてから、ため息をついた。
やっと終わった、と思いながら、センセーを見ればセンセーが頭を撫でてくれる。
「じゃあ、診察室に来てね」
金内先生にそう言われ内診室を出た。
センセーと一緒に診察室に入り、椅子に腰をかける。
「…じゃあ、先に内診の結果からにしようか。千陽くんの身体は、成長がゆっくりみたいで、子宮の成長がまだ未熟だから、くれぐれも避妊具をつけることを忘れずに。それから激しいことは絶対にしてはいけないよ」
金内先生にそう言われカッと頬が熱くなる。
恥ずかしいが、隣に座っているセンセーはそうではないらしい。
どこか難しい顔をしている。
「…成長はしてるんだな?」
「うん、それは間違いなく。大丈夫だよ、駿くん」
「それならいいが…。次のヒートは」
「成長は未熟だけれど、ヒートの周期は早いと思う。おそらく来月の半ばには次のヒートが来ると思う。準備をしておいてね、準備については後で血液検査の結果が来てから説明しようかな」
置いてけぼりにされているが、センセーの表情に不安が募る。
キュッとセンセーの服を握れば、センセーがハッとしたように俺を見た。
「多分、ヒート前に体調が悪くなると思うから、なるべくヒート前後は学校を休むように」
こくりと頷けば金内先生は笑顔を見せた。
ホッと落ち着いていると、看護師が血液検査の結果の紙を持って来たようだ。
金内先生に渡して、その紙を見た先生は眉を寄せた。
「…か、なうち、せんせ…」
「ああ、ごめんね。千陽くん、君は抑制剤が効きにくい体質のようだ。身体にあうピルと特効薬の種類が限られている。それに種類が限られていると言うことは、耐性がついてしまいいずれ効く薬がなくなる」
「そ、れって、」
「うん、ヒートがうまく抑えられないと言うことだ。こればかりは、番にしかどうしようもできない」
ちらりとセンセーを見れば、センセーも眉を寄せていた。
それは、この先、迷惑をかけて生きるしかないと言うこと。
発情期を抑えられないΩの話を幼馴染から聞いたことがある。
発情期を抑えられず、いろんなαに孕まされ、何人もの子どもを産むことを強要されて、いずれは耐えきれずに自ら命を絶ってしまった話。
そのことを思い出して血の気が引いていった。吐き気がこみ上げて来て口元を抑える。
「千陽」
すぐにそのことに気づいたセンセーは俺を立たせた。
トイレに案内してもらい、こみ上げて来たものを吐き出す。
センセーはずっと背中を撫でてくれた。
吐き終えてから水で口をゆすぐ。
備え付けのペーパーで顔を拭いてから、小さな声で謝った。
診察室に戻れば、金内先生が困ったように微笑む。
「驚かせちゃったね。千陽くん、薬の耐性がつくのは何年もかかるから、今は大丈夫だよ。それに、千陽くんには駿くんがいる。番がいるんだ。ヒートはαの精液を体内に取り込むことで楽になれる。それに番になれば、フェロモンは番相手にしか効かなくなるからね」
そう言われて少しだけ安心できた。
でも、センセーと俺はまだ番じゃない。
センセーが噛んでくれなければ、番になれない。
「早く番の儀式を行うのが、一番だよ」
金内先生にそう言われて、ぎゅっと唇を噛んだ。
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