ベッド
センセーの寝室で同じベッドに入る。
ベッドの中は男ふたりが入っても、まだまだ広かった。
センセーのそばに行っても、怒られない。
そっと手に触れてみれば、センセーがそのまま自由にさせてくれた。

「駿さんって言うの、慣れない」

「そうか?」

「だって、今までセンセーだったんだもん。そりゃ慣れねーよ」

「慣れるまで呼べばいいだろ」

眠そうに言うセンセーの手の甲をつねってみる。
すぐにやり返されて、ムッとした。
センセーはそんなこと気にしていないのか、小さく笑う。

「お前、なんで俺の授業だけは出てたんだ」

「へ? 突然だな」

「不意に思い出したんだよ。で?」

センセーは聞きながら身体を俺の方へ向けた。
俺の髪に触れながら尋ねてくるセンセーはやっぱり眠たそうだ。
それでもまだ眠るつもりはないのか、俺の髪を何度も梳く。
優しい手つきが心地よくて、眠気を誘われた。

「駿さんの授業、面白いし。…それに、他のやつは、バカにするみたいに、俺ばかりかけてくる。でも、駿さんはそんなことしないから」

「バカにするみたいに?」

「ここの教師って、βが多いだろ。βの人たちってΩをバカにするやつらが多いんだわ。…駿さんはαだから、そんなこと知らないだろ」

センセーに表情を見られたくなくて、枕に顔を埋める。
自分で言っていて虚しくなった。
どう足掻いたって、Ωであることは覆らない。
センセーの手が離れて行く。
それから背中に重たいものがのしかかってきた。
センセーの腕だろう。

「実際、俺バカだし。高校卒業しても、大学も専門も行くつもりもないし。って言うか行かせてもらえないし。どうせ、家のために知らないαの子ども生まされるくらいだったら、発情期が来るまで好き勝手にしてた方がいいって思って」

話すつもりも、聞いてもらうつもりもなかった思いが、勝手に口からこぼれ落ちる。
センセーが何も答えない、ただただ静かな寝室の雰囲気に飲まれてしまったからだろうか。
背中の重たい腕は俺を引き寄せてその中に閉じ込めた。

「俺ね、物心ついた時に、親から言われたの。お前なんて生まなきゃよかった。家の恥だって。お前の価値は生殖機能だけの道具でしかないってさ」

大きなてのひらが背中を優しく撫でてくれる。
優しいリズムが心地よくて、センセーの胸にすり寄った。

「俺がね、早く噛んで欲しいのは…、αが怖いから。俺の腹の中に、知らない人の命が生まれるのが怖いから。それなら、駿さんに噛んでもらって…、」

「千陽」

センセーに呼ばれて顔をあげれば、頬を両手で挟まれた。
軽く唇が重なって離れて、もう一度重なる。
センセーは眠たそうで、目頭が熱くなった。
幸せだ、と思う。
幸せで仕方がない。
魂で繋がってる番のこのひとと、キスをしている。
抱きしめられてる。名前を呼ばれて、名前を呼んで。
同じ時間を過ごして、軽口を叩き合って、同じベッドに入っている。
幸せで当然だ。
だから、もう少しわがままを言わせて欲しい。

「センセー、お願い。噛んで。番にして。好きな人に抱かれたい。センセーがいい。センセーだけで感じる身体がいい」

「千陽、もういい」

「センセー、お願いだから、俺を否定しないで…。俺の価値を、道具だけにしないで…」

ボロボロとこぼれ落ちる涙。
お願いだから噛んで欲しい。
センセーのΩにして欲しい。
ずっと、ずっと諦めていた。
小学校の図書室で読んだ運命の番。
諦めていたその絆が、今ここに存在してる。
だから、もう諦めたくない。
番になればもうそれでいい。
その思い出だけで、生きていける。
たとえ、知らないαの子どもを、この薄っぺらな腹の中に孕むことになったとしても。

「センセー、お願い」

泣きながらこぼれた懇願は、とてもぐちゃぐちゃで悲しい音だった。
目がさめると頭が重たかった。
目元は痛くない。
散々泣いたのに、痛くないのはきっとセンセーが冷やしてくれたから。
センセーは俺より早く起きたのか、ベッドの中にはいなかった。

「…俺、重たいかな」

小さく呟いてから、身体を起こす。
ベッドヘッドに身体を預けて、ため息をついた。
きっともう仕事に行ったんだろう。
膝を抱えて、また目元が熱くなるのを感じた。

「発情期、来てから、俺弱くなったな…」

ポタリと涙がこぼれ落ちて、真っ白なシーツの上に落ちた。
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