母
日夜が卵としてこの世に生れて3日目。
卵が孵る様子はない。
けれど、時折、こんこん、と小さくノックをするような音を立ててくれる。
「最近、こんこんって小さな音がするんです」
お茶の支度をしているフミネにそう言う。
肌触りのいい温かな布を四角く折った。
ちらりとフミネを見ると、微笑みかけてくれる。
「きっと早く真昼様に会いたいのでしょうね」
フミネの言葉に微笑みながら、真昼は細い指先で卵を撫でた。
布をハサミで裁断して、針を借りる。
糸を通してあるそれを見て、真昼はよしっと呟いた。
「何を作ってるのですか?」
「卵を入れる袋を…。袋があれば、落とす心配もなくて、温かくしていられるから」
「なるほど…」
「それに、生まれてからも入っていられる大きさにするから、どこでもいっしょ…みたいで良いかなって思ったんです」
つたない手つきでチクチクと縫っていく真昼を見て、フミネは優しい顔をした。
湯気の立つお茶を、こぼさない危なくない場所に置いて、腰を下ろす。
カタカタと小さく揺れる卵を見て、思わず笑みがこぼれた。
「真昼様は裁縫までできるのですね」
「高校…、あ、えっと、お勉強をするところで習ったんです」
「裁縫を?」
「はい。他にも料理とか、芸術とか」
「そうなのですか。だから裁縫ができるのですね」
フミネの関心した様子に真昼は笑う。
ゆっくりと縫っていたが、もう少しで縫い終わる。
「器用ですね」
「いえ。でも、僕の親友のほうがとても上手でした」
「そうですか。親友様も素晴らしい方なのでしょうね」
「はいっ。とっても優しくて、格好良い人でしたよ」
ふふ、と笑った真昼にフミネも微笑む。
少し静かになったところで、真昼が満面の笑みを零した。
出来上がった袋を見て、フミネは目を見開く。
綺麗に縫いあげられたそれは、とても優しい感じがした。
「真昼様も、良いお母様になりそうですね」
フミネが微笑むのを見て、真昼は卵を指先で撫でて微笑んだ。
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