婚姻の儀
「今日はこれでおしまいじゃ。また数日後に検診に参るからの」
ばば様が真昼と深夜に頭を下げ、部屋から出ていく。
フミネもそのあとに続き、部屋を出て行った。
やっとふたりきりになり深夜は真昼の柔らかな頬を撫でる。
「いつも、ほっぺた撫でますね」
「柔らかくて気持ちが良いんだ。…真昼の体はどこも気持ちがよいが…」
「…っ」
恥ずかしそうに自分を見上げる真昼に、深夜は笑い声を洩らす。
それから真昼の頬を撫でていた親指で、唇を撫でた。
撫でられる感触に足を擦り合わせ、真昼は目を瞑る。
深夜の低い笑い声が唇に触れて、唇が重なるまで少し。
扉が開く音が聞こえた。
「…睦みあうのは構いませんが、今後のことを決めてからにしてくださいね」
深夜が大きくため息をつき、真昼の頭をなでて、軽く体を離す。
フミネはよろしい、と一言いい、ソファーに腰を下ろした。
真昼と深夜も、フミネの向かい側に腰をかける。
「婚姻の儀のことか」
「そうですよ。お子が生まれる前に儀をなさねばなりません」
「ああ」
「これから真昼様の採寸などいたしますので、王も必要な支度をはじめてください」
「それはわかった。だが、明日からで…」
「今日からです」
問答無用で追い出される深夜に、真昼は小さく笑い声を漏らした。
平和な日常がやってきて、こんなふうに笑えることができる。
真昼はそんな日常が愛おしくてたまらない。
フミネが小さく笑っている真昼に微笑み、手を叩いた。
扉が開いて、何人かの頭に猫の耳を携えた人が入ってくる。
「化け猫の仕立て屋です。真昼様、採寸をしてもらい、儀式用のものを誂えてもらいましょうね」
フミネに促されて、立ち上がる。
採寸を始める化け猫を眺めながら、真昼はぼんやりと考えていた。
「婚姻の儀って…結婚式かな…」
「結婚式とは知りませんが、伴侶と王が永遠を誓う儀のことですよ」
やっぱり。
小さくそう呟きながら、真昼は微笑んだ。
一度だけ、近所の教会で結婚式をしていたのを見たことがある。
幸せそうにウエディングドレスを纏った花嫁の姿を思い出した。
「お子が生まれましたら、先代に顔を見せに行きましょうね」
「…うん。…えっ? 先代ってまだ、ご存命…なんです…か?」
「え? はい。ああ、魔王と伴侶は同じ時を過ごします。伴侶も先代もまだまだ元気ですよ」
巻物を読んでいたフミネが笑い声を上げるのを聞いて、真昼も思わず笑ってしまう。
フミネが、巻物を机に置くのと同時に、採寸は終わった。
仕立て屋達が出て行くのを見て、真昼はソファーに腰を下ろす。
「次は誓いの言葉を覚えてもらおうと思っていたのですが…、今日はここまでにしましょうね。王が待ち構えているようですから」
フミネが頭を下げて入口へ向かう。
真昼もその後を追いかけて、フミネを見送った。
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