欲張りの我慢
寝室に入ると、真昼はぐっすりと眠っていた。
安心したように、眠る姿が愛おしい。
男は真昼が目覚めてしまわないように、音を立てずにベッドへあがる。
それから、真昼の隣に落ち着き、目を瞑った。
優しく柔らかな黒髪を撫でる。
そうしているうちに、自然と眠りについた。


「…」

目を開けば、白い塔にいた。
真昼はこの部屋にはいない。
不意に、外の方から甘い歌声が聞こえてきた。
男が一番好きな歌だ。
白い部屋を後にして、黒薔薇の庭に出る。

ゆっくりと歩んでいくと、真昼の姿が見えた。
黒薔薇の真ん中で、寝転がっている。
小さな体は、黒薔薇の花弁に埋まっているようだ。


「…この場所が、好きか?」

男の問いかけに、真昼はこくりと頷いた。
遠くを見つめている瞳は、悲しみを携えている。


「なら、起きた時に、本当のこの庭に連れて行ってあげよう」

男のその言葉は真昼の心に届いたのか、真昼はゆっくりと体を起こした。
くん、と白い顎が晒されて、真昼は男を見上げる。
濃いグレー色の空を背中にした男は、真昼を愛おしそうに見つめていた。


「私は、お前と永遠を結んだね? 初めて出会った夜に」

小さく頷いた真昼は、その時のことを思い出しているのか、少し表情が穏やかになった。
そっと黒薔薇の印のある足に触れる。
真昼の様子に、男は小さく笑った。


「私と、生きてくれないか?」

その言葉に、真昼は頷かずに、俯いた。
きゅっと握られた手が、微かに震えている。


「私の伴侶は、お前しかいないのだよ」

男の大きな手のひらが頬をなでる。
落ちてきた涙を何度も掬う。
両方の手のひらで頬を撫でられて、真昼は嗚咽を漏らした。


「あの子を失って…、僕は、穢れたんです。…あなただけの、あなただけの…! 僕で、いたかった…! あなたしか、知りたくなかった!!」

小さな身体を自分自身で抱きしめる。
強く、強く、まるで何かから、身を守るように。
震える手は、自分自身さえ、拒んでいるようだった。
守ろうとしながら、拒む。
真昼の心は、いつ壊れてもおかしくないくらいだ。

そんな真昼の心を抱きしめるように、男は真昼を軽く抱きしめた。
男の腕は、真昼を抱き上げる。
真昼は自分を抱きしめていた腕を解いて、男の手から逃れようと抵抗した。
真昼の抵抗など微かなもので、男は真昼のこめかみに口付けた。
甘やかな口付けは、真昼の体から力を奪う。
大人しくなった真昼に男は小さく息を飲んだ。


「たとえ、お前が汚れていても、私のものであることは変わらない。私だけの真昼。私だけの、愛おしい真昼。それだけでは…足りないか?」

困ったような笑い方。
真昼がいつも男に困るような質問をした時に見せる笑顔。
この微笑みが、真昼は大好きだった。
きゅっと唇を噛みしめて、真昼は男の目を見た。


「…そんな聞き方、ずるいよぉ…っ」

涙が止まらなくなり、真昼は声をあげて泣いた。
優しくて大きな手のひらが、真昼の頬を撫でて強く抱きしめる。
その腕の中で、真昼は子供のように泣いた。


「…起きて、本当の庭に行こう」

男のささやきに、そっと頷いて、真昼は目を瞑った。
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