期待
「真昼様は…」

「私の力を分けた。もう少したてば、元気になるだろう」

執務室に戻ると、フミネが訪ねてきた。
安心するようにそう伝え、男は椅子に腰を下ろす。
扉がノックされて、返事をするとすぐにロウが入ってきた。


「武官を集め終えました」

「反抗してくる者は?」

「ひとりもいませんでした。皆、王や偽の神子にあきれを感じていたようです」

「神官については」

「神官が国を動かしていたことについて知る者はいませんでした」

そうか、と男は低く呟き、考え込むように頭を下げた。
すぐに顔を戻し、フミネに指示を出す。
ロウは控えたまま、フミネへの指示を耳に入れた。

「武官は用意した王族の元へやれ。王族にはくれぐれも丁重に扱えと伝えろ」

「っは」

「ロウ、神官は」

四角く指でかたどり、男に見せる。
映像は魔国全域を映し出し、次にあの国を映し出した。
どこにも、白い外套は見当たらない。


「どこを探しても見当たりませんでした。おそらく…、神官の持つ力で身を隠しているのかと」

男は唸り声をあげ、ロウをもう一度呼んだ。
ロウは顔を上げ、男を見る。
怒りの灯った瞳は、ロウの気持ちを高ぶらせた。


「お前は空を飛ぶものと一緒に神官を探せ」

部屋から飛び出していったロウを見て、フミネは一息ついた。
それから、男の頬に黒薔薇が浮かび上がっているのを見る。


「…見事な黒薔薇ですね」

「真昼と私を繋ぐものだ。…真昼の、…記憶を見た」

男の長い指が四角く象る。
黒い煙が浮かび上がってきたが、すぐにその煙は消えた。
フミネはそっと男の表情をうかがう。
なにも浮かんでいないその顔には、黒薔薇が凛と咲いていた。


「…こちらに戻られた時、私が体を清めさせていただいたので、何があったかはわかっています。…そのことも?」

「…ああ。あれは、私のものだ。穢れてなどいない。たとえ…体が開かれていても」

男がぐしゃりと手に持っていた書類をつぶした。
その手からすぐに力が抜けて、書類は机の上に落ちる。


「あなたが、世継ぎを作らねば、困る」

フミネの声に、男は軽く笑った。
それから窓の外を眺めて、大丈夫だと、一言つぶやく。


「秘薬はなくとも、子は成すことはできる」

「…それは…?」

「以前、秘薬を使わずに世継ぎを生んだ伴侶がいる。その伴侶は神子だったそうだ」

息を飲んだフミネは、目を瞑った。
浮かんだのは、男を授かった時の先代の顔。
優しい、喜びに満ちた笑顔だった。
自然と口角が上がり、フミネはそれを隠す様に咳払いした。


「これで、先代に顔向け、できる。ありがとうございます」

「…私の子がどれだけあの子に似るのか気になっただけだ」

男はゆっくりと腰を上げ、部屋を出て行った。
ひとり残されたフミネは、男に向かって深く頭を下げた。
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