良策と香り
「町の様子は」
「荒れ果て、皆が飢えておりました。魔族が通っても反応がありません」
「なら放っておいて構わない。国を立てなおし次第、手当しろ」
「っは」
フミネは近くに控えている専属の部下にメモを促す。
それから男は黒薔薇の庭を眺めながら、話をつづけるようにロウを促した。
「城にも簡単に侵入することができ、王と…もうひとりの神子はいませんでした」
「おそらく、神官によって葬られたな。国を動かしていたのも奴だろう」
「はい。その通りです」
ロウとフミネは頷き、それぞれの部下を呼んだ。
男はそれを確認して、椅子に腰を下ろす。
すぐにフミネが脇に控えて、指示を出し始めた。
「空を飛べるものに神官を探させてください。あの国はもう、主がいない状態。至急、王族で空いてる方に収めてもらう様に手配をお願いします」
「ッハ。我が主のままに」
「では、ロウ。あなたはあの国の武官を集めてください」
「はい」
部屋から出て行った部下を見て、フミネとロウも後を追った。
その様子を見て、男は椅子から立ち上がる。
執務室から庭に出て、黒薔薇を見つめる。
白い塔の鍵を開き、中に入った。
部屋の中は、綺麗な状態だ。
誰も入らない、まだ男しか入ったことのない部屋。
そっとベッドに腰をおろし、頭を抱えた。
真昼を凌辱したものが、憎くて仕方がない。
本当のことなら、自ら探し出して殺してしまいたかった。
今は、この城で、真昼のそばにいるのが一番の良策。
そう思い、男はぎゅっと手を握り締めた。
この部屋は、真昼のためのもの。
男はゆっくりと立ち上がり、ベッドを整えた。
塔から出て、鍵を閉める。
真昼のもとへ行こう。
そう思い、黒薔薇の庭を後にした。
寝室に入ると、ぼんやりと外を眺める姿が見えた。
小さな身体は微かに震えている。
真昼の頬を、雫が伝った。
光を受けて、その雫はきらきらと輝いている。
「…大丈夫か」
男の声にこくりと頷いた。
こちらを振り返らない真昼に静かに近づく。
隣に腰をおろして、男は真昼の薄くなった腹部に手を当てた。
「…っあ…」
「ここに、私の子がいたんだな?」
ごめんなさい。
声にならない声が、男の耳に届いた。
小さく身体を縮め、真昼は男に謝る。
そっと、そんな真昼のこめかみに口付けた。
「お前が、私の腕の中に戻ってきてよかった」
男の声に、真昼はびくりと肩を震わせた。
涙を流し、男の肩押す。
少しでも遠くに…、そんな気持ちが感じられた。
「汚れた…。汚れたの…! 僕は、もう、汚い…っ」
ベットの奥に行き、小さく丸まり自分の身体を抱きしめる。
嗚咽が聞こえて消え、男は唇を噛みしめた。
ぎゅっと握りしめられた手に、男は手を伸ばす。
真昼の身体をそっと抱きしめた。
飛んで行ってしまわないように、強く抱きしめる。
「汚れてなど、いない。…まだ香りがする」
「…かおり…?」
男の腕の中で、真昼は小さな声でたずねてきた。
まだ嗚咽が止まらず、そっと背中をなでてやる。
「ああ。私の大好きな真昼の香りだ。清らかな、お前だけが持つ香り」
男が真昼の髪に鼻を近づける。
そのまま、髪に口づけて、男は真昼から身体を離した。
「まだ、体が弱っている。私の力をわけてあげよう」
そっとベッドに横たえられる。
真昼の髪を撫で、そっと薄く開いた唇に、自らの唇を重ねた。
ゆっくりと目を瞑る。
急に襲ってきた眠気に、あらがえずに感覚を鈍らせていく。
「…どうして、子をなしたことを黙っていた?」
男の問いかけに答えることはできずに、真昼は眠りについた。
prev |
next
back