踏み荒らされた花
「真昼っ!」
ざわざわと木々が揺れた。
駆けこんだ温室は、綺麗に咲き誇っていた花々が荒らされている。
無残にも、踏みつけられたような痕に、男はうめき声を漏らした。
幸せそうに笑う真昼の顔を思い浮かべる。
最近は頭をなでてやることもろくにできていなかった。
執務室で仕事をしていると、一瞬夢の中の黒薔薇の庭に移動していた。
そこには驚いたような真昼が立っていて、その表情は一瞬のうちに恐怖に変わる。
男は真昼に手を伸ばすが、真昼は消えていった。
おそらく、目を覚ましたのだろう。
嫌な気配が身体を覆い、背筋が冷える。
「フミネ、どこにいる!」
声を荒げ、フミネを呼ぶが、返事すら聞こえなかった。
耳をすませ、木々の音を取り除くと、荒い息で真昼を呼ぶ声が聞こえる。
温室から出て、すぐ隣の部屋に行く。
綺麗な透明を誇るガラスは、欠片を地面に散らばらせていた。
鼻につく血の香りに、呻きは大きなものになる。
ガラスを踏む音が、耳にこだました。
「…っ」
「…お…う、」
ガラスが腕に突き刺さり、床にぐったりと横たわったフミネが目に入った。
深緑色の髪は、血に染まり、片耳を失っている。
フミネは荒い息の中、小さく男を呼んだ。
「どうした…っ、何が」
「…げほっ、お、そ…、らく…、じんこくの…」
「ああ、」
「まひる、さま…まひるさまが…」
「フミネ…! ロウ、ここに!!」
ロウがすぐに入ってきて、フミネを見る。
血にまみれたフミネの体を抱き、男に視線を移した。
男はフミネの額に手を当てる。
淡いグレーの光が、男の腕を細い線で伝い、額に触れた。
「…あぁ。わかった。…ロウ、フミネをすぐに医務室へ。それから、全区域の武官を集めろ」
「ただちに…!」
すぐに温室を出て行ったロウを見て、男は立ち上がった。
グレーの淡い光は男を包む。
濃い色に変わり、しだいに真っ黒に変わった。
「殺してやる…」
男の唇から、冷たい息が零れた。
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