手に入れることのできない
思い出したくもない豪華で煌びやかな部屋に似た、作りをしている部屋。
ここは、真昼がこの世界に来て、初めて見た絶望を充満させていた部屋に似ていた。
小さく手が震えている。
真昼は、その手をぎゅっと握りしめると、神官を見た。
目の前にはもう二度と見たくない、そう思った人がいる。
きっと、もう二度と会わないだろうと思った人達。
「どうして…」
かすれて震えた声に、ルカが笑う。
その笑い声は酷く醜いものだ。
とても嬉しそうだけれど、真昼にとっては恐怖しか感じないものだった。
恐怖からどんどん指先から冷えて来て、身体が冷え切る。
「あなたには、申し訳ないと思っているんですよ」
醜いものから、困ったような笑い声に変わる。
それはまるで、小さな子どもに嫌な質問をされた時の大人のような笑い方。
けれど、その笑い方が偽物だとわかる。
トントン、トントン、と小刻みに執務机を叩く指が苛立ちを伝えてきた。
「仕方ないでしょう? だって、私が必要としているんだもの」
「…必要…? いらないって、言ったのに、」
「…強くなったようですね」
真昼の体には、もうひとつの命がある。
フミネと約束した。
この命を、無事に生んでみせると。
胸に灯る決意を再度飲み込むように、真昼はきゅっと拳を握った。
男との繋がりを、守らなければいけない。
「…嫌な目付きですね。私が、得ることができなかったものだ」
ルカの瞳に冷たい光が宿った。
心の底から軽蔑している。
そんな感情が肌をひりひりと突き刺すような気がした。
トントン、と、執務机を叩く細い指の力が強くなっている。
びくりと思わず体がすくんだ。
「今日はとりあえず、いいです。この者を塔へ」
「はっ」
扉から入ってきた男ふたりに腕を掴まれる。
無理やり立たされて、真昼は部屋から追い出された。
「あなたが神子であることに確信を持ちました。ならば、手に入れるしかないでしょう?」
扉が閉まる前に聞こえた言葉。
「神子」であるから。
ずき、と胸が痛む様な気がして、真昼は息を飲んだ。
男たちに歩け、とせかされて、真昼は重い足を動かした。
二度と戻ることのないと思っていた場所。
高い天井、冷たい塔に真昼はいた。
ルカに人国に連れて来られてもう3日は立つ。
冷たい牢屋で、真昼はガタガタと震える体を抱きしめていた。
「まだその時でない。その時が来たら出して上げますよ」
ルカに囁かれた言葉が耳にこびりついている。
不意に、真昼は明理のことを思い出した。
真昼とともにこの世界に来た明理。
人国の王に神子として見染められ、この国で豪勢な生活を送っていた。
「…今は、そんなこと…」
考えている暇はない。
口の中でその言葉を消して、真昼は毛布にくるまった。
薄い毛布でも、多少は寒さを防ぐことができる。
せめて、お腹だけは、と思い、小さく丸まった。
「大丈夫…、守るから。約束、したから」
歌う様に囁くと、少しお腹が温かくなった気がした。
まるで自分とは別の誰かの意識があるようだ。
少しずつ膨れてきた腹部をそっと撫でる。
大丈夫、大丈夫、と何度も呟いた。
「…守るから…」
すう、と意識が遠のいてきて、真昼はそっとその波を受け止めた。
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