安息
温かい。
まるで、誰かに抱きしめられてるようだ。
ゆらゆらと身体が揺れているような気がする。
その心地よさに真昼はもう少しこのままでいたい、そう思った。
あの大好きな腕の中なのだろうか。
疲れからか、それともこのまま起きてあの辛い場所に戻りたくないのか、目を覚ましたくなかった。
「…真昼」
真昼は優しく低い声が自分の名前を呼ぶのを聞いた。
その声はとても暖かくて心地が良い。
目を覚まさなくては、いけない。
この心地よさから、この安息からゆっくりと目を覚まさないと。
ちゃぽん
水音がして、そっと目を開く。
誰かが優しく髪を撫でてくれていた。
そっとそちらへ振り向くと、そこには夢での逢瀬でしか会えなかった男がいる。
「ぁっ…!」
大きな水音を立てて、真昼は深い場所へ沈んだ。
足がつかなくて、じたばたともがいていると、男に抱き抱えあげられる。
咳込み、荒い息を整えようとしていたら、男が背中を優しく撫でた。
「真昼」
「ん…けほっ、…はっ…はっ」
「深呼吸して」
男の呼吸に合わせる。
ゆっくりと呼吸が落ち着いて来て、真昼はほっと息をついた。
ここはお風呂の中なのだろうか。
とても深い、立ち湯のような場所に見えた。
男が真昼の脇に手を添えて、浮かんでいられるように体を支える。
「まだ、お前の身体は元通りなわけじゃない。少し動いただけで私が分けた気が尽きてしまい眠ってしまう」
額に張り付いた前髪を払ってくれた。
あらわになった真昼のきめ細やかな肌に口付ける。
真っ白な体はミルク色の湯に浸かり、桃色に染まっていた。
「このまま、私に体を預けて」
「は、い…」
男の濡れた服に頬をすりよせる。
滑らかな生地が肌に触れ、男の体温が感じられた。
「だいぶ温まったようだ。上がろうか」
こくりとうなづくと、真昼を抱き上げて階段を登る。
身体はしっかり温まっていたおかげで、お湯から出ても寒さを感じない。
男の首に腕を回し、抱きついた。
真昼を抱えた男は風呂から出て、そのまま脱衣所に移動する。
風呂場も脱衣所も、真昼の見たことのない豪華なものだ。
ふわふわのマットの上に下ろされて、真昼はあたりを見渡す。
どこか、民族的な印象を持つ雰囲気だ。
「綺麗…」
キラキラと輝く金色の刺繍の入った布や、棚を見渡していたら、男に抱きしめられた。
男が広げていたタオルに包まれて、ほっと息をつく。
貧相な体を曝しているのは少しばかり恥ずかしい。
ふかふかのタオルは、大きくて真昼の体をすっぽりと包んだ。
真昼をタオルで包んだ男は満足そうに微かに笑みを浮かべ、小さな身体を抱き上げた。
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