抱擁を
足音から逃げるように、真昼は柱のそばに寄った。
体を隠すように柱の陰に隠れ、向こう岸をじっと見つめる。
向こう岸では黒い影がざわざわと泉の方へ進んで来ていた。

それと同時に、足音はどんどん近付いて来る。
ひんやりと背筋に雫が垂れ、冷や汗をかいていることに気付く。


「…ど、うしよ」

柱から森を見つめ、ぎゅっと手を握った。
怖い。
あの時みたいに、人国に連れて行かれた時のように、怖い。
また、連れて行かれてひどいことをされるのではないか。
今回は牢屋に閉じ込められるだけだったが、今度は暴力を振るわれるかもしれない。
以前の世界とは、全く勝手が違うのだ。
何が起きるかなんて、真昼にも、きっと誰にもわからないのだ。

不意に、太ももの付け根が熱くなった。
じくじくと熱い熱を発している。
そっとその部分をなでると、熱はなおさら強くなっていった。


「…なに、あ、ぁっ」

熱を持った部分が広がっていき、真昼はうめき声を漏らした。
足音がいつの間にか聞こえなくなっている。


「あっ」

ぶわりと吹いた風が、真昼のハーフアップに結った髪を揺らした。
じくりと太ももの付け根が痛むのと一緒に熱くなり、真昼はもう一度森の奥へ視線を移す。


「あっ…」

視線を向けたそこには待ち望んだ、男が立っていた。
真っ黒い外套を纏った男は、長いあでやかな黒髪を風に揺らしている。
薔薇の香りがして、あの庭を思い出させた。
黒い影たちは男を傷つけようとそばに来ているが、近寄ればひらひらと黒薔薇に変わっていく。


「…あ…」

体から力が抜けて、真昼はその場にしゃがみこんだ。
意識を保っていることができない。
男に抱きしめられる感覚だけを感じた。


「真昼、すまない」

男の声を聞いて、真昼は意識を深いところに手放した。
そんな真昼を抱きしめる。
小さく軽い真昼を抱き上げて、男は馬を呼んだ。
黒い羽をもち、鱗のような堅い皮膚をもつ馬に男はまたがり、真昼を腕の中に収める。
風が吹き、馬は長い脚を地面にたたきつけた。

人の国 end
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