信頼
“今は眠りなさい”
そう囁いた男の声を最後に、真昼は夢も見ないくらい深いところまで落ちて言った。
最後に悲しいと感じた心も忘れてしまうくらい深いところまで。
疲れたように眠った真昼の身体はとても小さかった。
ゆっくりと浮上していく意識に真昼は、まだ眠っていたいと思った。
あの夢を見たまま、男の腕の中で、静かに過ごしたい。
そんな思いもむなしく、小さな窓から入ってくる光が真昼の頬を照らす。
小さな絶望と、男の腕のぬくもりが相反して、真昼を責め立てた。
目覚めたらこの寒い鉄格子の塔にいることはわかっている。
男の腕の中にいるわけじゃないのもわかっている。
けれど、理解したくない、そんな気持ちが真昼の心の中にあった。
見覚えのない場所へ来たことは理解できる。
この状況にはなじむことができない。
こんな寒さも味わったことなんてない。
急に悲しくなってきて、涙が零れた。
がしゃん
大きな音を立てて、鉄格子が開けられて、銀色のお盆が入れられた。
無色の液体と、堅そうなパン。
食事だろうか。真昼は、体を起こす。
毛布を羽織ったまま、そのお盆に手を伸ばした。
「俺たちが呪われないかな」
「…怖いこと言うなよ。頼むから俺たちは呪うなよ」
カラカラと笑いながら真昼を見る番人達。
その言葉は冷たいもので、心底真昼を馬鹿にしている。
飲み物を飲んで、堅いパンを口に含んだ。
「ミカド様も変わったものを愛するなぁ」
「ああ、神子様か」
「そうそう。神子様、豪勢を尽くしてるらしいな」
「うらやましいな。国の王様に愛されるなんてなあ」
「はは、早くうちに帰りてえなあ。母ちゃんが待ってるよ」
楽しげな会話を聞き、真昼は片手に持っていたパンを下ろした。
食べる気力も湧きあがらない。
そっとコップを持ち上げ、ひと口飲む。
ひんやりとした水。
そっとコップをおろして、真昼は再度壁に寄り横になった。
「信じてます、信じてますから…、迎えに、来てくれるって…」
小さな呟きは、ここにいる誰にも聞こえなかった。
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