神官様と王様
「私は、この国、ジン国の神官のルカと申します」

「ふーん、ルカね」

「ええ、明理さん。もう少ししたら、我が国王のミカドが参られます。私はそのことをお伝えに参りました」

頭を下げ、お待ちください、と言った神官を眺める。
黒髪を隠すように、神官はすぐにフードを被った。
そんな神官に、明理が何か言うのではないかと不安になる。
明理は目を輝かせていた。


「あいつ、ミカドっていうのか」

嬉しそうにそう言った明理は、真昼をちらっと見てから舌打ちはした。
明理の様子を見ていると、不安が増してくる。
俯いて何も起きませんようにと心の中で願う。


「何辛気臭い顔してるんだよ。俺にその幸薄そうなのが移ったらどうすんだよ!!」

「ご、ごめんね、…で、でも、」

「でも? 何だよ」

「こ、ここ、日本じゃないよ、僕たちの知ってる場所じゃない」

「だから? どんな原理でこんなことになってるかは知らないけれど、あの時湖に落ちて死んでないだけいいだろ!!」

「…っ」

明理の言葉に、真昼は思わず何も言い返せなかった。
真昼は死んでしまった後の世界かもしれないと考えたけれど、明理は死んでいないからいいという。
今この場所で誰もどちらの考えも証明することなどできない。
明理の考え方も一理ある。
そう思った真昼は、恐怖を押し込んで明理に声をかけた。


「…こ、怖く、ないの。ここの人たち、助けてくれる人かわからないよ…」

「助けに来てくれたに決まってんだろ。なんかミコ様が来たとか叫んでたからな」

「ミコ様?」

「よくわからないけど、ここまでつれてきて、こんな綺麗な部屋に入れてくれたんだっ。悪い奴らな訳がないだろ」

そう言って、眉を吊り上げる明理に、真昼はそれから話すのをやめた。
これ以上聞いたら、もっと怒ってしまいそうだ。
話すのをやめ、小さく座った真昼は膝をぎゅっと抱きしめる。
この部屋で安心できる明理が怖かった。
この先何が起きるかわからないのに、安心なんてできない。
あまり明理に騒いで欲しくない。
何を思い立ったか、パッと立ち上がった明理はきらびやかなカーテンを開く。
眩しい光が部屋に入り、真昼は目を細めた。


「ルカ、ここか」

扉の奥から声が聞こえて来て、背筋が冷えるような気がした。
あの声が怖い。
ギュッっと腕を握りしめると、爪の跡がついた。
ゆっくりと豪華な扉が開いて、真昼は身体を小さく抱きしめる。


「あっ」

部屋に入って来た神官のルカと、もうひとりの男に明理が声を上げた。
キラキラと光に輝く金髪に青い瞳。
明理が嬉しそうに彼を見つめているが、真昼は声も出せなかった。
品の良さが漂っているが、とても冷たくて怖い。
真昼の頭の中で、黒髪は嫌われるもの、という言葉が浮かんで消えなかった。


「…ふたりか? どういうことだ」

「はい。金髪の方が明理様、黒髪の方が真昼様になります」

「人間なのだろうな?」

「ええ」

そう答えたルカに、訝しげに眉を寄せたのは、おそらくこの国の王様なのだろう。
そっと様子を眺めていると、その男は真昼には視線を移さなかった。
明理をじっと見つめている。


「黒髪の方も人間か」

視線は明理から外さず、そうたずねる男の声は低かった。
ルカは真昼をちらりと見てから、また哀れむような目を向ける。
その視線に、なおさら不安が増し、真昼は腕にぎゅっと爪を立てた。


「ええ、我が王、おそらくミコ様は…」

「こちらだ」

ぐいっと強い力で腕を引かれる。




目を輝かせた明理が嬉しそうに男に抱き寄せられていた。
男の腕の中で、笑っている姿がとても幸せそうに見える。
もう駄目だ。
明理の嬉しそうな笑みに恐怖すら湧き上がって来た。
王と呼ばれた男は真昼を見下すような目で見つめている。


「我がミコが黒髪の…魔の国のバケモノなわけがないだろう。これを塔へ」

「…っ」

「汚い声を聞かせるな! 口を塞げ」

大きな音を立てて扉を開け入って来たふたりの男に、腕を掴まれる。
無理やり立たされて、口の中に布が詰め込まれた。
声も出すことができず、苦しさに涙がこぼれる。
明理の軽蔑するような目が見える。
引きずられるように腕を引かれ、歩いた。


「お前が、私のミコ…」

ルカの脇を通るとき、残念そうな顔が見えた。
それがとても、怖くて、体が冷えていく。

最後に見えたのは、愛おしそうに明理の頬を撫でて笑う王様の姿。
扉が閉まっていく中、ルカと目があう。
バタン、と大きな音が、耳にこびりついた。
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