狭間の森
ひらひらと落ちてくる黒薔薇は、手のひらから消えてしまった。
それが悲しくて、きゅっと手を握る。
もう暖かな優しい感覚はない。
それは守ってくれていたあの腕の温もりがなくなったのと同じような気がした。
隣にいた明理がハッとしたように真昼を見る。
それから、真昼の肩を右手で掴み揺さぶる。
揺れる視界の中にまた影が少しずつ増えていくのが見えた。
「…っ、今の、なんだよ!!」
「え…わ、からない…、なに…」
「お前が、お前から変な光が出たんだろ…っ」
「…えっ?」
「隠すなよっ」
そう言われて、手のひらを開くように手首を掴まれた。
手のひらをひらけばそこにはもちろん何もない。
消えてしまった黒薔薇を探す明理に、真昼は首を振る。
もう一度わからない、と呟けば、明理はまた大きな声を上げた。
「なんで、俺が…、こんな思いしなきゃいけないんだよ!!」
そう言って怒鳴れば、真昼はびくりと身体を震わせた。
また影が集まってくるのが見えて、意識が飛んでいきそうになる。
不意に、太ももの内側が熱くなって来た。
少しの痛みを伴う熱は全身を包んでいく。
ぶわりと身体を熱が覆って、もう一度光り始めた。
「またかよ…っ」
「…っ」
助けて。
心の中で大きく叫べば、光はますます強くなった。
あたりを覆い尽くしていた黒い影が黒薔薇になって消えていく。
ひらひらと消えていく花びらに切なくなって、涙が頬を伝っていった。
黒薔薇を見れば思い出す。
会いたくて、会いたくて仕方がない。
どうしても、あの人に会いたかった。
僕は死んでしまったのだろうか。
これは、死んでしまった後の、僕の最後の夢の中の世界なのだろうか。
真昼は悲しく沈んでいく心の中で、考えが浮かんでは消えていくのを静かに感じていた。
座ったまま遠くなっていく意識。
隣で明理が何か叫んでいるのが聞こえていたけれど、もう気にならなかった。
死んでしまったのなら、仕方がない。
あの人が恋しい。
最後の夢なら、合わせてくれてもいいのに。
そんな風にさえ思った。
足音が聞こえて来た。
目を瞑った視界の中でも、遠くなった意識の中でも、聴覚だけはしっかりと働いていた。
馬のような足音と、鉄がぶつかりあう音。
真昼が滅多に聞かないような音がたくさん響いていた。
「…助けが来たのか!」
明理の声が聞こえてくる。
気づいたら身体がふわりと浮いて、大きな振動を感じた。
口元を布で抑えられて、とうとう何も考えられなくなった。
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