神様の子
「ん…」

身体がほどけていく夢から覚めた。
目の前にいた白いふわふわの神様ももうどこにもいない。
あたりを見渡すと、最初に見ていた景色とは違い、屋内にいることに気づいた。
懐かしいような、重厚で深みのあるレトロな内装がとても美しい。
ゆっくりと身体を起こそうとすると、どうにもだるくて起き上がる気力が湧き上がらなかった。
そのまま周りを見渡すと、一番最初に目にしたふたりの人物がいる。
それにもうひとり、初めて見る人がいた。


「ようやく目を覚ましたか」

「…、だれ」

「私はコマクサ・ディセントラ。後ろの銀髪の男がダリオ・ルベルム。その隣はルキーノ・カトレアだ」

「…コマクサに、ダリオとルキーノ?」

「そうだ。身体は起こせそうか」

「…だるくて…」

「わかった。手伝おう。横になっていると呼吸が浅くなる」

そっと背中に腕を回され、身体を起こされる。
めまいがしそうですぐに目を瞑った。
ゆっくりとソファーに背中を預けてから、目を開く。
ルキーノの心配そうな顔が見えた。


「何か、覚えていることはあるか」

「…なにも覚えていないの」

「そうか、やはりな…」

「あなたは、何か知っている?」

「私も、君のことはなにも知らない。ただ、ひとつわかるのは、君のいた世界と、今君のいる世界が違う世界かもしれないということだけ」

コマクサの言葉に、「確かに、そうかもしれない」と思った。
こくりと頷いてから、残りのふたりに視線を移す。
不意にダリオと目があって、どくりと心臓が大きく動いた。
優しいチョコレートのような香りがする。


「…ダリオもルキーノもよく聞くんだ。彼は神様の子だよ」

「神様の子だと?」

「え、それって、別の世界から来た、幸運をもたらすって、あの昔話の?」

「そう、私も歴史の中でしか知らないが…」

「…通りで、私の脳にこいつの情報が入っていないわけだ。納得した」

ダリオとルキーノ、コマクサが話すのをぼんやりと聞く。
お腹のあたりがもぞもぞとして来て、身体を動かせば、いつのまにか腕の中に小さな真っ白なふわふわのうさぎがいた。


「わっ」

「どうした」

話に夢中になっていた3人が振り返る。
腕の中に突然うさぎが現れて驚いていると、コマクサが隣に腰を下ろした。


「ようやく姿を見せた。君のラミだ」

「ラミ…?」

そっと頭を撫でてみると、うさぎは嬉しそうに頭をすり寄せて来た。
ふわふわの白い毛並みが心地よい。


「ラミというのは、この世界の中では誰もが持っているパートナーだ。君の心を表し、君の魂が形となって現れたものだ。君を一番に知る、心の友達のような存在だよ」

「ともだち」

「そう。名前をつけてあげるんだ」

「…じゃあ、オトメ」

「オトメ?」

「最後に見えたのが乙女百合だったから」

そう小さく呟いて、オトメを抱きしめる。
小さな白い体があたたくてホッとした。
頬ずりをすれば同じように頭をすり寄せてくれる。
その気持ち良さに、小さく笑みがこぼれた。


「…ディセントラ、どうしてこいつが神様の子だとわかったんだ」

「私の国、ケシ国の中の言い伝えで、神様の子にはある特徴があると伝えられている」

「特徴?」

「そうだ。この世界には存在しない、男と女、両の性を兼ね備えていることだ」

コマクサの言葉に、ダリオとルキーノが息を飲んだ。
それから、オトメと戯れる姿を見つめる。
彼の美しい見たことのない色の髪が開けた窓から入ってくる風に揺れて、甘い香りが鼻先を擽った。


「言い伝えでは、この子を手にいれたものが全ての幸せをもたらすといわれている。この国の成り立ちの昔話にもあるだろう」

「あぁ、初代の国王が神様の子と結ばれ、我が国リリウム国が作られた」

母親が我が子にする古い古い昔話を思い出す。
きょとんとしている彼の姿を見つめれば、彼は居心地悪そうにうさぎをぎゅっと抱きしめた。
うさぎが嬉しそうに頭をすり寄せるのが見えて、ダリオは視線を移した。


「この子と身体をつなげ子をなせば、国を統べ豊かにできる。…お前の元に落ちて来てよかったと私は思うよ」

「…なぜ」

「この子は各国の王が求めるような存在なんだよ」

「では、私はこれをチャンスだと思ってよいのだな」

「ああ、そうだよ、ダリオ・ルベルム。君は神を味方につけている」

ダリオの口角を上げて不敵に笑う姿が見えて、身体が震えた。
チョコレートの香りが強くなって、空腹を感じる。
腕の中のオトメも耳を震わせた。
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