何者か
「おいっ!」

「息していないよ、この子っ」

ソファーの上に下ろした人物が顔を真っ青にして意識を飛ばしていることに気づいた。
口元に手を当てたルキーノが真っ青になりながら、ダリオを見る。
ダリオはすぐに、彼の鼻を塞いで唇を重ねた。


「ルキーノ、ディセントラを呼んでこい」

「了解、任せたよ」

走っていく姿を見てから、すぐにもう一度呼吸を送る。
薄っぺらな胸が膨らむのを見て、呼吸を数回送った。


「ごほっ、ゲホっ、ゲホっ、はあっ、はっ」

「ふ、よし、息をした」

「ゲホっ」

目の前で盛大に咳き込む彼にホッとして、ダリオは小さくなってそばにやってきたドラゴンのロジーの頭を撫でる。
嬉しそうに手に頭を寄せてくるロジーを肩に乗せてから、彼が目を開くのを待った。
この世界では見たことのない色の髪。
真っ白で汚れのない肌。
何よりも彼に惹かれるのは、とても優しくて、それでいて濃厚な甘い花の香り。
彼の頭を自身の膝に乗せ、ソファーの背もたれに頬杖をついて見つめた。


「綺麗な色だ」

浅い呼吸を繰り返す彼の髪を撫でる。
柔らかな猫っ毛が指先をすり抜けていった。


「お前は誰なんだろうな」

肩に乗っていたロジーが肩からソファーに移る。
頬杖をついた手に頭を寄せてきて、グルグルと喉を鳴らした。
そのあと、冒険をするように背もたれから彼の胸に降りる。
彼の顎先に頭をすり寄せ、甘えるように鼻先をつけた。


「…ロジー、こいつを気に入ったのか?」

キュンッとひとつ返事が返ってくる。
ロジーはその場で丸くなって、寝息を立て始めた。
自分の心の鏡と言ってもよいロジーのその姿に、彼の怪しさが薄れていくような気がする。
自分らしくない、その考えに咳払いをした。
窓から入る陽射しに彼の髪が綺麗に見える。
ノックの音が聞こえて、入るように伝えれば今さっき呼んだ人物が入ってきた。


「大丈夫か、ルベルム」

「あぁ、さっき呼吸が戻った。しかしまだ意識が戻らない」

「そうか。…よし、診よう」

ダリオがルキーノに呼んで来させた、コマクサ・ディセントラの茶色の髪が歩くたびに風に揺れる。
後ろをついてくる栗色の狐のペレグリナがぺこりと頭を下げた。
真似をするように、ルキーノの金色の鷹であるヨウランも頭を下げる。
眠っていたロジーも気配を感じたのか起き上がってヨウランの真似をした。


「この子のラミはどこにいるんだ」

「こいつを見つけてからも全く見かけていない」

「…ラミが現れない程弱っているのか。そのように見えないが」

「コマクサ先生、全部見てあげて」

横からルキーノがそう囁く。
肩に乗ってきたロジーと共にソファーから離れて、コマクサ・ディセンドラ、学園の校医の診察を眺めた。
上から服を脱がしていく。
白い肌が陽射しに光るように見えた。


「上半身は問題ないな。呼吸音も異常はない。心音も。腹部も問題なし」

「なぜ起きないんだ」

「脳にも問題はない。ペレグリナが見てくれているが特に反応がない。心の問題か? それならラミが現れないのも納得がいく」

「下はどうだ」

スラックスを脱がし、下着も脱がす。
綺麗なすらっとした足が現れて、隣のルキーノが息を飲んだ。
部屋の中を甘く芳しい花の香りが満たした。
コマクサが息を飲んだ音がはっきりと聞こえた。


「…、もしかしたらこの世界の人間じゃない」

コマクサのつぶやきが聞こえてきた後、ヨウランとロジーが酒を飲んで酔っ払ったようにこてんと床に落ちた。
コマクサのペレグリナも同じように身体を床に寝かし、大きく息を吸う。


「っ、早く、服を着せて、先生、どうにかしそうだ…っ」

ルキーノが自分の腕を握りしめて爪を立てる姿が見える。
床に落ちたヨウランの姿が消え、ルキーノの腕からポツポツと羽が生え始めた。
ダリオ自身も抗えない渇きが体を込み上げてきて、ロジーが自分の中に戻ってくるのを感じた。
腕を鱗が覆いはじめて、低い声でコマクサを呼んだ。
ペレグリナはまだその場にいる。


「ディセントラ、急げ…、俺もルキーノも力が強い分、我慢がきかない」

「あ、あぁ」

ディセントラが急いで彼に服を着せた。
白い肌が隠れていくにつれ、匂いも徐々に収まり始める。
すぐにルキーノが窓を開けて、部屋の中を換気した。


「…なに、この子。どうなってるの、つがいじゃないのに、こんなに惹かれるなんて」

荒い息の中、ルキーノがそう呟いた。
心が落ち着いたのか、ヨウランが姿を見せて、ルキーノの肩に乗る。
ロジーも戻ってきて、ダリオの肩に落ち着いた。


「…お前、何者なんだ…?」
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