ようこそ
「おはよう、リリー」

ダリオの優しい低い声が耳をくすぐり、リリーはゆっくりと重たいまぶたを開いた。
優しい笑みを浮かべた彼の頬に手を伸ばし触れる。
想像していたよりも柔らかなその頬に、ゆるゆると口元が緩んだ。

「おはよ」

何度か頬を撫でて見れば、くつくつと笑う声が聞こえてきた。
リリーの細く華奢な手を優しく大きな手が撫でて握る。
彼のたくましい腕に体を起こしてもらい、リリーはうんと背伸びをした。

「よく眠れたようだな」

「うん、ベッドがとても心地よくて」

「そうか、それは良かった」

握られた手が離れて行く。
それにつられるように立ち上がり、ベッドから降りた。

「今日からリリーも学生だな」

「うん、よろしくね」

小さく笑いながら、洗面所へ向かう。
ダリオはもう支度を終えていた。
顔を洗い、髪を整える。
鏡に映った自分の顔を見つめた。

「ん、顔色いい気がする」

どこか他人のような感覚で眺めていれば、共有ルームからダリオに呼ばれた。
ちょっと待ってと返事をしながら戻りベッド脇に置いたルキーノが用意してくれたハンガーラックから制服を取った。
リリーが着替えやすいようにと準備をしてくれたカーテンを引いていそいそと着替える。

「ごめん」

「急がせてしまったな。食事を済ませよう」

「うん。ルキーノは?」

「学園の見回りに行っている」

「そっか…」

ダリオが引いてくれた椅子に腰を下ろし、目の前の食事に手を合わせた。
ルキーノが準備してくれたであろう朝食は、とても美味しい。
もそもそと食べていると、また低い笑い声が聞こえた。

「緊張しなくていい」

「ん」

「私やルキーノがそばにいる。何かあったら頼ってくれ」

「ありがと」

ダリオに笑いかければ彼も優しく笑ってくれた。
食事を終えて歯磨きも済まして、深呼吸する。

「行こうか」

優しい声に導かれ、リリーの居場所になった3人の部屋を出た。
行ってきます、と声をかけてみれば、自然と背がまっすぐになった。

ダリオに連れられて園内を歩く。
百合寮を出て、警監棟の前を通った。
リリーの知っているのは、寮と警監棟と教員棟だけだ。
高等科校舎へは初めて入る。
ぽつぽつと見たことのない人が増えるに連れて、リリーの腕の中のオトメが震えた。

「リリー、怖いか」

「少し」

小さく震えている右手の甲をダリオの左手の甲がそっと撫でた。
そのあたたかさとふわりと香ったチョコレートの香りに震えが止まる。

「ありがと」

ささやき声でお礼を伝えて、小さく笑う。
ダリオも同じように微笑み返してくれて、リリーはほっとした。
生徒の人数が増えてきて、次第に視線を感じるようになってきた。
なんだろうとあたりを見渡せば、声が聞こえてくる。

「ルベルム様、今日も素敵ですね」

「隣にいる方はどなたでしょうか」

小柄な生徒たちはダリオを憧憬の眼差しで見つめていた。
そんな様子を気にしない彼へ視線を戻し、背中を追う。

ダリオに連れられたどり着いたのは、職員室と書かれたところだった。
ノックをして入れば、コマクサの姿が見える。

「リリー、ルベルム、おはよう」

「おはよう、ディセントラ」

「おはよ、コマクサ」

「元気そうだな、リリー」

「ん」

頭を撫でてもらい、口元が緩む。
コマクサの大きな手は優しい。
ふわりとシフォンケーキのような香りが鼻をくすぐった。
コマクサの香りは、シフォンケーキの香りだ。

「まずは先生方に紹介しようか」

そう言われて、コマクサが職員室でリリーの紹介をした。
それからダリオと別れ、コマクサの隣に座る。
軽くこれからの流れを説明を受け、朝礼まで待つ。
緊張は、少しだけしている。

「リリー。緊張しているか」

「うん、少し」

大きな優しい手がリリーの頬をなでた。
鐘の音が聞こえてきて、行くか、と伝えられた。
職員室を出て、三階へエレベーターに乗り込む。
降りて見れば、落ち着いた廊下を歩く。

「リリー、少しここで待っていなさい。私が読んだら入ってくるように」

先生の顔になったコマクサに濃くりと頷いた。
指先がかすかに震えている。
怖いのだ。

「…大丈夫、大丈夫。ダリオ、ルキーノもいるから、大丈夫」

小さく呟いて、ぎゅっとオトメを抱きしめた。
かすかに香ったチョコレートとクッキーの香りに、力を抜く。

「リリー・ディセントラ、入りなさい」

コマクサの声にこくりと頷き、大きな扉を開いた。
中には10人ほどの生徒がいて、こちらを見ている。
視線から目を背けながら、コマクサの隣に立った。
浅くなった呼吸、つま先を見つめていればコマクサがリリーを紹介する。

「名の通り、私の親戚で、遅れての編入は長い闘病生活を送っていたからだ。仲良くするように」

シンとした教室の中、リリーはゆっくりと顔を上げた。
ダリオとルキーノが後ろの窓側の席にいて、その間が空いている。
そこはおそらくリリーの席だろう。
ルキーノがひらひらと手を振るのを見て、ほっとした。

「リリーあいさつを」

「リリー・ディセントラです。よろしくお願いします」

小さな声で挨拶をすれば、散り散りに挨拶が帰ってきた。
ひとりの驚いたような顔を見て、首をかしげる。
リリーの漆黒の髪とよく似た色。
なんだか久しぶりに見たようなその髪色は一瞬だけリリーの気を引いた。

「リリー、席はあそこだ」

コマクサに座るよう促されて、いそいそと席へ向かった。
頑張ったな、と小さな声でダリオに囁かれて、頬が緩む。

「リリー、よろしくね」

ルキーノに再度挨拶をされて頷く。
ダリオ越しに見えた窓の外は色とりどりの花畑と林が広がっていた。

クレマチス end
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