シラン・クレマチス
シラン・クレマチスは、ゆっくりと歩いていた。
稽古中、右手の甲を痛めたようで、教員棟にある休日救護室へと向かおうと考えていた。
親友であるミハエルとジャンネットから話があるから部屋に集まるように伝えられていたが、ここ最近の天気から気分が滅入っていてすぐに行きたいとも思えない。
そのせいか、足取りは重く、ゆっくりと歩いてしまっていた。
休日救護室は教員棟の一階にあり、玄関のすぐ脇ある。
カーテンがかすかに空いたそこから保健医が在室しているか確認しようと覗き込んだ。

「…」

そこには、保健医と見知らぬ生徒がいて和やかに微笑み合っている姿が見えた。
顔は見えないが、見たことのない生徒であることはわかる。

「…、いるのか」

小さな声で在室であることを確認し、玄関から室内に入った。
ノックをすると、数分遅れたあとにコマクサが顔を出す。

「シラン・クレマチスか。どうした」

「稽古中に右手を痛めたので」

「そうか、少し待ってろ」

室内に入れる様子はなく訝しんでいると、コマクサはすぐに出てきた。
右手を見せろと言われ手を差し出せば丁寧に見てくれる。

「大きな異常はないな。筋を痛めたのだろう。この薬を塗るように」

「どうも。…誰かいるんですか」

「…ああ、私の親戚がな」

どこかいいあぐねているようにみえ、シランは首をかしげた。
薬を受け取り軽く部屋の中を見ようとすれば、コマクサはそれに気づいたのかはわからないが、すぐに扉を閉める。
珍しいこともあるものだ、と思えば、いつの間にか空は晴れていた。
シランのラミである濃紺色のワニのレイチブがいつの間にか足元に来ている。

「お前も晴れたから姿を見せたのか」

返事をするわけでもないが、レイチブに話しかければ、足元で大きなしっぽが揺れた。
教員棟から出れば、お座りをしたジャンネットのラミを見つける。

「…ヒヤエナ、迎えに来てくれたのか」

怒ったように尾をパタンと地面に叩きつけたヒヤエナに謝りながら、教員棟をあとにする。
その時、ふわりと覚えのある香りを感じた。

「…オトメユリの香りか」

懐かしさに思わず空を見上げた。
晴れ間は一瞬だったのか、暗い雲が空を覆いかけている。

「急ぐか」

小さくつぶやけば、理解したかのようにレイチブがシランの身体に戻ってきた。
嫌な記憶に心をとらわれる前に、親友のもとへ急がなかれば。
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