孤独
「今日はこのくらいにしたらどう? ダリオ」

「そうだな。リリー疲れただろう」

「…少し」

「ソファーに横になったらどうだ」

「いいの?」

頷いたふたりに、リリーは横になった。
オトメを腕の中に収め、頭を撫でる。
そうしていると、ウトウトし始めて眠りに落ちた。



「可愛すぎて、苦しい。こんな気持ち初めてだ」

ポツリと小さな声が聞こえてきて、ダリオも黙り込んだ。
眠りについたリリーの身体にブランケットをかける。
リリーの髪が開けていた窓から入り込む風に揺れた。


「これは、過去の偉人達の気持ちがわかるな」

「…そうだね。愛おしくてたまらない。神子のこと伝説の中で、すべての母と呼ばれる理由がわかったような気がするよ」

「あぁ」

触れてしまいたい、でも触れたらどこかに消えてしまいそうで、怖い。
そんな感情がふたりの中にこみ上げていた。
眠っているリリーを飽きることなくふたりは見つめる。


「…クレマチス家には…渡さない。誰にも渡さない」

ダリオの言葉に、ルキーノは背筋が疼くのを感じた。
ノックの音が聞こえてきて、ドアの方を向く。
返事をすればすぐにドアは開けられて、コマクサが入ってきた。


「案外早かったんだな」

「理事長は話がわかる方だからな。リリーの制服と身分の手配は済ませてきた」

「そうか。それで?」

「百合寮に入れるよう、私の親戚ということにしてもらった」

「百合寮はケシ国とリリウム国の寮であるから問題はないな」

「リリーの年齢はわからないから、問題が起きないようお前達と同じクラスに入れる」

「コマクサ先生、一応王族だもんね。それなら寮の部屋が俺らと一緒でも問題ないね」

ルキーノの嬉しそうな様子にダリオは思わず苦笑した。
それからお茶を飲み、リリーを見つめる。
眠ってしまったリリーはさらに幼く見えた。


「お前達の部屋はふたり部屋だが、シークレットフロアだからどこの部屋かはバレないし、問題はないだろう」

「寝るところはどうするの」

「お前らの共有ルームだだっ広いからな。ベッドを手配する」

「なんて乱暴な…」

「ルベルム、それで構わないだろう」

「ああ、その方がいいだろう。共有ルームはだだっ広いが、もう一室あるわけでない。どちらかの部屋で、何かあったら嫌だろうが。お前も俺も、リリーに対して持ってしまった感情は同じなのだから」

「そうだな…、それでいいね」

ルキーノが納得したところで、コマクサが苦笑いする。
それから、リリーの制服と教科書や必要なものを運んできた台車をふたりの前に置いた。
これな、と伝えれば、ダリオがすぐに頷いた。
リリーのそばにより、そっと頭を撫でる。
オトメが最初に目を覚まし、その後すぐにリリーが目を覚ました。


「…あ、戻って、きたの…」

「ああ、君の身分とこの学園に通うための準備をしてきた」

「…ここに、いていいの」

「もちろんだ。お前の居場所はここだよ」

「う…、ん、ありがと…」

すっと腕を伸ばしてきたリリーがコマクサに抱きつく。
それからポタポタと涙を流し始めた。
見つけてくれた、とはにかんだ時と同じ表情をしている。
ルキーノとダリオは何も言えず、リリーを眺めることしかできなかった。
コマクサはすぐにリリーを抱きしめて、ソファーに腰を下ろす。
なんども綺麗な黒髪を撫でて、リリーをなだめた。


「怖かったんだな。知らない場所にいきなりきて、記憶もなくて、自分が誰かもわからない。それはとても怖いことだよな」

「ん…っ、ん」

「今はたくさん泣いて、私もそこにいるダリオもルキーノも、君の居場所になる。そばにいる。甘えていい」

子どものようにわんわんと泣くリリーの、中身が見えたような気がした。
リリーの内側が溢れ出して、甘くて悲しい香りが部屋にこもる。


「そばにいるから」

コマクサの言葉が優しく残った。
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