大急ぎ
壱琉の車で家について、急いで鍵を開けて中に入った。
人の気配がしない我が家に、血の気が引きそうになる。
リビングの家族の予定が書かれたホワイトボードを確認するために、靴を脱いで室内に入った。
「…っ」
ホワイトボードにたどり着いて息を飲み込む。
書かれた文字にドット汗が溢れて、息をゆっくりと吐き出した。
「…な、なんだぁ…」
落ち着いたむくに、後から入ってきた壱琉が首を傾げた。
大丈夫か、と低い声で尋ねられて、むくは頷く。
それからホワイトボードを指差した。
「…風太さんが急な出張で出かけたら忘れ物して、届けついでに2日ほど観光してきます、だって。もぉ…、いっぱい電話入ってたし、何か急用かと思った」
「もしかしたら、今頃飛行機かもな」
「それね。…お父さんも今出突っ張りだから、今日の夜からひとりぼっちかな」
小さな声でそう呟いて、うんと身体を伸ばす。
隣に腰を下ろしてきた壱琉をちらりと見れば、その横顔は嬉しそうに笑った。
「…泊まってもいいか」
「え?」
「誰もいないんだろ」
「う、うん…。でも、いいの? いつもだったら、ダメっていうのに」
「俺の可愛い子猫ちゃんは、最近ずっと勉強頑張ってたし、それにひとりで残すのは心配だからな」
「…むく、もう大人だよ」
小さな声でそう呟けば、壱琉が優しく微笑んだ。
大きなてのひらが少し寝癖のついたむくの髪を撫でる。
その手があまりにも優しくて、きゅっと胸が締め付けられた。
「…俺がお前のそばにいたいんだよ」
「…っ」
壱琉の言葉に、むくはこくりと頷いた。
それからこてんと頭を肩にのせる。
嬉しそうに笑う声が聞こえてきて、むくも小さく笑った。
「一応、風斗さんに連絡入れておく」
「うん」
「その間に荷物、片付けてきたらどうだ」
「そうするー」
リビングの入り口にポンっと置かれたカバンを手に取り、部屋に戻る。
荷物を片付けるといっても、学校の勉強道具しかないそれを自室の机の上に置く。
それから、カバンの中の勉強道具を出して、机の上の本棚に片付けた。
うんっと背伸びをしてから、カバンを机の脇に置いてからリビングへ戻る。
壱琉の隣に戻り、横になれば、膝の上に頭を乗せた。
「風斗さん、ちょうど休憩だったみたいで、いいってさ」
「そっか。よかった」
「ちょっと休んだらデートでも行くか」
そういった壱琉に小さく首を縦に振ってから、むくは微笑んだ。
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