お迎え
「んーやっと終わったね。むく」

「ね。じゃあ、先帰るね」

普段とはかけ離れた早口に話たむくは机の中の教科書をお気に入りのリュックにさっと片付けて立ち上がる。
それからバイバイと嬉しそうに手を振って教室を出て行った。
これから、あの人に会うのがきっと楽しみなのだろう。
そう思うと、結之も思わず笑みが溢れてしまった。
むくが出て行って少しばかり経ってから教室の中がざわついていることに気づく。
視線を向けると窓の外にクラスメイトが集まっている。
結之もそちらに立ち窓の外を見れば、見知った車が見えた。


「うわーカッケー車。たかそう」

「あれ、外車だぜ。誰ん家の迎えだよ」

「ん? あれむっちゃんじゃね」

「あの黄色いリュックむっちゃんだよ」

「えっ、むっちゃんの迎えかよ。むっちゃんん家車変えたの?」

「降りて来たのむっちゃんん家じゃないよっ」

クラスメイトがざわざわと話すのを聞きながら、結之は静かに笑う。
むくはクラスの中では可愛いアイドル的な扱いを受けていた。
そんなむくが見たことのない人物の車に乗り込んでいくのを見て、クラスメイトはだいぶ驚いたようだ。
ざわつく教室の中で、その人物がむくにとってどんな人なのか知っている結之は今度は苦笑する。


「目立ってるよ、むく」

颯爽と走り去っていく車を見ながら、結之は教科書を詰めたリュックを担ぎ立ち上がった。
それから、クラスメイトに挨拶してから教室を出ていく。
むくがあっている簡単には説明できない相手の話を明日嫌でも聞くことになると思うと、少しだけ楽しみになった。




「もー、駐車場まで迎えに来ないでっていつも言ってんじゃん」

拗ねたようにシートベルトをぎゅっと握っていると、運転席に座ってハンドルを操作する男、東条壱琉が小さく笑ったことに気づいた。
その笑い声になおさらムスっとしていると、もう一度笑い声が聞こえる。
赤信号で止まった車の中にはむくが置いていったUSBから取り込んだ音楽が響いた。
この車でいつも聞いている曲が流れ出し、むくは少しだけ機嫌を取り戻す。


「会いたかったくせに」

「なっ…、うるさい〜っ。いちがいじめたって風太に言いつけてやるっ」

「なんて?」

「…誘拐された」

「そういえば、もっと小さい時にも誘拐したな、汰絽と一緒に」

「もーっ、いち嫌いっ」

「俺は嫌いじゃないけどな」

「うっさいー」

車が再度動き出し、窓の外を見る。
流れていく景色がいつもと違って見えるような気がするのは、これからが楽しみだからだろうか。
壱琉とこうしてじゃれ合うのも、欠かせない。
流れている音楽を口ずさみながら、向かっている家のことを考える。


「壱琉、本当むくとずっと一緒にいて、友達いないの」

「そこそこにいる。ただお前と一緒にいる方が楽しいし楽だからな。それにお前のこと好きだし」

「ふーん。14歳も年下といて楽しい?」

「楽しいよ。コロコロ変わる表情見てるの面白いからな」

「うるさい〜、あっ、待ってコンビニ寄って。甘いの食べよ」

「あぁ、了解」

ウインカーの音が聞こえてきて駐車場内に車が入っていく。
車を停めてから、ふたりはゆっくりと降りて店内の中に入った。
隣を歩く壱琉をちらりと盗みみてから、むくはデザート売り場へ向かう。


「甘いの食べたらしょっぱいの欲しくなるっていうんだから、他の菓子も見てこいよ」

「んー。いちジュースとってきて」

「はいはい。好きなの選んどきな」

「はーい」

ゆるゆると買うものを眺めながら、むくは小さく笑った。
今日はお泊りだ。
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