もしかして
「待っててな」

ポンポンと頭を撫でられてむくは頷いた。
壱琉に入れてもらっていたお茶を飲んで、ぐっと背伸びをする。
それからテレビを眺めていると、玄関から女の人の声が聞こえてきた。


「…誰だろう」

少しだけ気になってしまい、玄関につながっているドアに近づく。
ばれないように少しだけドアを開ける。
ドキドキしながら覗いてみると、壱琉の背中と女の人の顔が見えた。


「わ…っ、そっくり…」

玄関にいたのは、壱琉と一緒にいた女の人だった。
壱琉が姉だと説明していた通り、勘違いしたのがおかしいと思うくらいそっくりだ。
あんまりにも似ていたため、思わず声を出してしまい玄関で話していたふたりが静かになる。
壱琉が振り返り、壱琉のそばにいたお姉さんもむくの方を向いた。


「あら、いるじゃない」

「…むく」

「ご、ごめんなさい?」

壱琉が額に手を当てて落胆するのを見て、むくは首をかしげながら謝る。
しょうがないな、と言いたそうな表情で笑う壱琉が手招きをした。
すぐに駆け寄って軽く会釈をすると、お姉さんは優しく笑ってくれる。
お姉さんは笑った顔も壱琉と似ていた。


「初めまして、むくくん」

両手を広げたお姉さんに答えるようにむくはそばによると、ぎゅっと抱きしめられた。
女の人の香りがして、どきどきする。
思えば、おばあちゃんや結之のお母さん以外の女の人のそばに来たのは初めてだ。
あったかくて、優しい。


「こら、むーく、こっち」

「わっ」

壱琉に手を引かれて後ろから抱きしめられる。
髪に頬ずりされて、驚いていると、目の前のお姉さんが大きな口を開けて笑った。
壱琉とよく似ているけれど、こんなに豪快な笑い方しているのに、どこか女性的で綺麗に見える。


「いっちゃん、本当に首ったけね」

「姉さんがちょっかい出すから」

「いっちゃんの可愛いこに会いたかっただけよ〜、よかったわ。こんなに可愛くて。13年も待ってたからねえ」

嬉しそうに話すお姉さんにむくは目が回りそうになった。
なんの話をしているのかよくわからないけれど、それでもむくのことをお姉さんが受け入れていることが伝わって来る。
壱琉に抱きしめられたむくの手をぎゅっと握ったお姉さんは優しくむくに微笑んだ。
少しそうしていると、壱琉が玄関の棚に置いている時計を見る。


「姉さん、時間じゃないか?」

「あ、そうね。むくちゃん、また会おうね。じゃあ任せたわよ、壱琉」

「ああ。姉さん、また」

「むくくん、またお姉さんと遊んでね」

こくりと頷くとお姉さんは手のひらをひらひらと振って、すぐに去っていった。
華やかな香りが残って、ドキドキとしていた胸がゆっくり落ち着いていく。
壱琉の手をポンポンと叩くと腕を解いて、むくの髪を撫でた。


「驚いただろ、ごめんな」

「驚いたけど…、平気。お姉さん優しいね」

「俺には厳しいぞ。今日はお前がいたからな」

「ふうん…。お姉さんにむくのこと話してたの?」

「あぁ、いずれのことを考えてな…」

そう言いながら、ゆっくりと腕を伸ばしてきた壱琉はむくを抱きしめた。
温かな腕がとても心地よくて、むくは目を瞑る。
そっと背中に腕を回して壱琉の香りを感じた。


「帰りたくないなぁ」

「俺も帰したくないよ」

「帰さないで」

「ああ、そうしたいよ」

壱琉がそうするつもりがないことは、むくはよくわかっている。
抱きしめていた腕に力を加え、むくは胸元に頬を摺り寄せた。
そんなむくの髪に指を差し込んでむくの名前を呼ぶ。
壱琉に答えるように上を向くと、壱琉の唇が額に降ってきた。


「ん、壱琉…」

「もう遅いから、送るよ」

「…もう、そんなことだろうと思った」

小さな声でそう呟けば、壱琉はむくを宥めるようにもう一度頬にキスする。
何度も降ってくる唇が、自分の唇に触れないことだって知っている。
いっそのこと触れてくれたら、何かが変わるかもしれないのに。


「いち、帰る」

「あぁ。金曜日は予定あるか」

「特にないよ」

「汰絽が良いっていったら、泊まりにおいで」

「…うんっ」

目一杯頷いて、むくは壱琉の顎にキスをした。
それからぎゅっともう一度抱きついてから、むくは荷物を取りにリビングへ向かった。
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