教えないよ、まだ
落ち着いた頃にタクシーに乗って、壱琉の家へ向かった。
疲れと壱琉と会えたことから安心したのか、タクシーに乗った途端少しずつ眠くなる。
むくの髪を撫でていた壱琉の手の優しさに目を瞑ると、意識が遠のいた。


「おやすみ、俺の可愛い赤ちゃん」

低い声が最後に聞こえて、むくは眠りに落ちた。


体がふわふわと揺れる感覚を感じ、むくは目を開いた。
抱きかかえられたからだに気づき、ぎゅっと壱琉に抱きつく。
まだこの温かさと心地よい揺れの中から逃げたくなかった。
壱琉もむくの様子に気づいてるのか、何も言わずにそのままにしてくれる。
鍵を開け、部屋の中に入りソファーの上に降ろしてもらった。


「むく」

隣に座った壱琉は、むくを促すように名前を呼ぶ。
頷いて、そっと頬にキスした。
すぐにただいまのキスをくれた壱琉を見つめる。


「…おかえり」

「ただいま」

もう一度ぎゅっと抱きしめてもらう。
優しい腕がむくの背中を撫でた。
指を絡め、手をつなぎ鼻先をすり合わせる。


「ごめんね、電話、出なくて。お見送りできなくて」

「むく」

宥めるように大きな手のひらがむくの頬を撫でる。
その手をそっと取り握りしめた。


「いち、出張、行く前、っ」

「行く前?」

「あってた女の人、誰っ」

ぽたぽたと涙がこぼれ始める。
壱琉の手の甲を伝い流れた。
聞きたいけれど、聞きたくない。
思いが交差してぐちゃぐちゃに混ざる。


「…黒髪の女か?」

「ん」

涙を止めようと何度もむくの目尻を撫でる。
壱琉はすぐにむくの目元にキスをした。


「ああ、勘違いしたんだな」

「勘違い…?」

「あれは、俺の姉貴だよ」

「お姉ちゃん…」

「ああ。お前が心配することはないよ」

何度も頬撫でる手のひらがむくの頬に触れた。
それからつないでいた手が離れ、もう片方の手もむくの頬を触れ挟む。


「可愛いな、俺の可愛いむく」

額にキスが送られ、むくはキュッと口をつぐんだ。
ぎゅっと壱琉に抱きついて体を触れ合わせた。


「むくだけって言ったのに、嘘、ついたかと、っ、思った」

「ついてないよ。俺には、俺の可愛い人はむくだけだ」

そう言いながら壱琉の手がむくの髪を撫でる。
あまりにも優しいから、また涙がこぼれ落ちた。


「ん、うん」

「むくは?」

「お、しえない…」

そう言って精一杯笑えば、壱琉も同じように笑ってくれた。
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