あなたはだあれ
「おはよう」
朝起きるとすっかり熱が下がって、体も軽くなっていた。
少しだけ喉の痛みがあるが、学校には行けそうだ。
リビングで朝食の準備がしっかりされていて、むくも自分の席に着く。
「元気になったね」
「うん。学校もいけるよ」
「よかった。でももしまた具合悪くなったら風太さんに電話してね。今日お休みだから」
「いつでもいいからな、むく」
「わかった。お父さんはお仕事?」
「そうだよ、気をつけてね」
「うん」
ご飯を食べながら今日の全員のスケジュールを確認する。
汰絽と父は仕事のようで、今日は風太がお家にいる。
具合が悪くなったらすぐに電話をするように言われ、むくは多分大丈夫だろうなと心の中で思った。
ご飯を食べ終わってから食器を運ぶと、今日は仕事が休みの風太が洗い始める。
風太と汰絽、父に挨拶をしてから、むくは学校に向かった。
「おはよう、ゆうちゃん」
いつもの交差点で結之の姿を見つけて声をかける。
結之はむくの声で振り返ってにっこりと笑った。
「今日は元気そうだね。なんの風邪だったのかな? 知恵熱?」
「ゆうちゃんたまにさらっとむくのこと馬鹿にするよね。多分、夜寒かったからだと思う」
「そっか。具合悪くなったらすぐに言ってね」
「うん。多分大丈夫だと思うけど」
歩行者用の信号が赤から青に変わり、横断歩道を渡ってから右に曲がる。
結之とむくはお日様がぽかぽかと暖かい通学路をゆっくりと歩いた。
むくがあくびをすれば隣を歩く結之にあくびがうつり、ふたりで顔を見合わせて笑う。
学校は少し面倒だけれども、こうして結之に会えると思うと行きたいと思うくらいにはこの前会った嫌なことは薄れてきていた。
「むく、あれ…」
空を見上げて雲を数えながら歩いていたら、不意に結之がむくの腕を叩いた。
あれと指さした方には普段見かけない高級車がコンビニに停まっている。
車が好きな結之が珍しい車だから呼びかけてきた思い、むくは車をまじまじと見た。
「あの車珍しいの?」
「いや、珍しいんだけど、そうじゃなくて…」
「え?」
よく目を凝らして見ると、車から背の高くて黒髪の綺麗な女の人が運転席から降りてきた。
そのあと、すぐに助手席のドアが開き、もうひとり降りてくる。
降りてきたもうひとりに、むくは息を飲んだ。
「いち…?」
車から降りてきたふたりは親しそうに腕を組み、コンビニに入っていく。
周りが二度見するくらいの目を引くふたりに、後ろを歩いていた同級生も声をあげていた。
その声がだんだん聞こえなくなっていくような気がする。
一瞬頭の中が真っ白になった。
「…むくのこと、好きだよって、言ってたのに…」
口から零れだした言葉は誰にも聞こえないくらい小さい。
むくを呼ぶ結之の声に、むくは結之を見る。
不安そうな表情の結之に笑顔を見せた。
「むく、ごめん…」
「え? なんで。謝ることないよ〜。別に、壱琉とはなんともないし、むしろ、彼女居たんだって、ホッとしたくらい」
早口で喋る時は、何かを隠したい時の癖だってことは自分でもよくわかっている。
それでも早口になるのがやめられなくて、むくは少しだけ泣きたくなった。
結之はむくのことをよく知っている。
だからきっとこの癖についても知っていて、なおさら心配かけていると思う。
結之にもう一度笑いかけて、行こうと学校を指さした。
心の中にドスンと思い鉛が落ちてきたようだ。
「嘘つき」
思わず漏れた言葉が、なおさら苦しくさせた。
素直ってなーんだ end
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