優しい顔
「元気がないですね」

暗闇の中、ライトを頼りに走る車の中で、作楽にそう問いかけられた。
気分が晴れてきても、壱琉と会えなかった寂しさが残っていて、作楽はそれに気づいたようだ。
むくは窓の外に向けていた視線を作楽に移す。


「…なんか嫌なことがあって、壱琉に会えたら忘れるかなって思ってたのに、あえなかったから」

そう呟けば、まっすぐに前を見ていた作楽がちらりと視線を向けてきた。
いつも作楽とドライブするのは、海のそばを走る道だ。
今日もそこを走っている。
ちらちらと星の輝きが増えてきているのは窓の外を見ればわかった。


「でも、作楽ちゃんと会えてよかった」

「私では東条さんの代わりにならないかもしれません。ですが、むくがそう言ってくれるなら私は嬉しいです」

「作楽ちゃんは優しいね。壱琉も。むくの周りの大人の人はみんな優しい」

「そうですか。私から見れば、むくが一番優しくて温かい子だと思います」

作楽はそう言うと、車を駐車場に止めた。
エンジンの音が静まる。
降りましょうか、と囁いた作楽に、むくは頷いた。
シートベルトを外していると作楽が先に車から降りて、それから助手席のドアを開ける。
手を差し出されその手につかまり車から降りた。
作楽の前を歩いて振り返ると、作楽が優しく微笑んだ。


「作楽ちゃんって、紳士だよね」

「そうですか? 私は大切な人を大切に扱っているだけですよ」

「ふふ、むくが大切?」

「えぇ」

壱琉とは違って、作楽には素直に話せる。
優しくて、大好きな兄のような人の一人だ。
作楽の優しい栗色の髪が風に揺れた。


「作楽ちゃんといるとホッとする。むくの居場所なんだなっていっつも思うよ」

「それはとても嬉しいですね」

嬉しそうに笑った作楽に、むくも小さく笑う。
浜に降りよう。
そう伝えると、作楽はもう一度笑った。
浜に向かってゆっくり歩く。


「土曜日にも壱琉ときたの。その時とてもココアが飲みたかったんだけど…。春になるともうココアって売ってないんだね」

「そうですね、もうだいぶ暖かくなりましたからね」

「うん、でもお家帰ったら、壱琉が入れてくれた」

笑いながらそう呟くと、作楽は優しい顔をする。
むくが壱琉の話をすれば、作楽はいつも優しい顔をしてくれた。
その顔を見るのが好きで、壱琉の話ばかりしてしまう。
それでもまた作楽が優しい顔をしてくれるから、また話してしまう。


「むくは東条さんの入れるココアが昔から好きですよね」

「そうなの?」

「ええ、そうですよ。初めて飲んだのは3歳で、その後からいつもココアを入れてと東条さんの後ろを一生懸命歩いてましたよ」

「そうなんだ…。今も好きだよ、壱琉のココア。とっても甘くて、優しい味」

「東条さん、きっとそのこと聞けば喜びますよ」

「ふふ」

思わず笑ってしまい、むくは作楽を見る。
作楽の優しい顔に嬉しくなって、むくはいつの間にか寂しかった気持ちがどこかに行ったことに気づいた。
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