会いたい、会えない
「先帰るね」
掃除を終わらせて、急いで教室を出ると、後ろからむくを呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると伊賀が呼んでいる。
教室に戻ると、ちょっとこっちにと手を引かれた。
廊下に出て、人影の少ない階段へ連れて行かれる。
「伊賀、何、どうしたの? 急いでるんだけど…」
「むっちゃん、金曜にあってた人のとこに行くの?」
「な…、何で?」
「いや…、何でもない」
「そう、ごめんね、急いでるから」
そう言って、むくは伊賀の手を払い学校を後にしようと急ぐ。
走っていくむくの背中を伊賀は静かに見ていた。
少しだけ嫌な気分になってしまった。
壱琉の家にいくのはすごく楽しみだったのに、伊賀のむくの中に入り込んでこようとした雰囲気を思い出して嫌な気持ちになる。
携帯を取り出してみると、壱琉から着信が一件入っていた。
急いで電話をかけると壱琉はすぐに出る。
電話をかけながら、学校から出て走った。
嫌な気持ちは、きっと壱琉に会えばなんともなくなる。
「もしもし、ごめん」
『悪いな、授業中だったよな。…むく、ごめん、今日急な会議が入って会えなくなった。教科書は五十嵐が…」
「ん…、わかった…」
『むく?』
「わかった。仕事、頑張ってね」
『むく…。悪い、すぐに埋め合わせする』
「うん…」
電話が切られて、むくは携帯を持った手を下ろした。
どうしようもない寂しさを感じて、むくは足を止める。
学校に戻る気もしないし、家に帰る気分でもない。
なんだか泣いてしまいそうだった。
手のひらの中の携帯が鳴っているのに気付き、すぐに出る。
壱琉の部下の五十嵐からだ。
「もしもし…」
『もしもし、むく。今は平気ですか』
「うん、作楽ちゃん、大丈夫。学校の近くのコンビニに行くつもり…」
『そうですか、少し私と遊んでもらえませんか? 東条さんからの預かり物もありますし。迎えに行きますよ』
「わかった。…まってるね」
『ええ、すぐ行きますよ』
電話を切ってすぐ近くのコンビニに入る。
お菓子を眺めながら、小さくため息をついた。
昨日も泊まれば良かった。
そう後悔してももう遅い。
携帯のイヤフォンを耳にさし、音楽を聴く。
壱琉の車で聞く音楽が流れて、寂しさが増した。
「早く、来ないかな」
小さくため息をつきながら、むくはお菓子を手に取った。
それからレジで会計を済まして、コンビニの外に出る。
袋の中のチョコレートを開けて口に含む。
甘くて少しだけ苦い味が口の中に広がった。
「もっと素直になれれば、いいのに…」
小さくつぶやいて、もう一粒チョコレートを口に含んだ。
黒色のスポーツカーが入ってきて、むくはすぐにイヤフォンを外した。
それから車に駆け寄り乗り込む。
運転席に座った柔らかな栗色の髪が見えて、むくはホッとした。
少しだけ寂しさが癒えたような気がする。
「むく、お待たせしました」
「ううん、待ってないよ。大丈夫」
「ありがとうございます、むくは優しい子ですね」
優しく頭を撫でられて小さく笑う。
壱琉の手も優しいけれど、どこか男らしさがある。
それに比べて作楽の手は繊細で、壊れ物に触れるように優しい。
「作楽ちゃん、どこか行きたいところあるの?」
「どうして?」
「遊ぼうって…」
「あぁ、いえ、むくと会うのは久しぶりだから、少し一緒に居たくて」
「そっか、うん。…むくも作楽ちゃんと一緒に居たい」
「それなら良かった。ドライブでもいかがですか」
「いいね、お願いします」
車が走り出して、気分がやっと晴れだした。
寂しさは少しだけ残ったけれど、この後は楽しみが待っている。
車の走る音が心地よかった。
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