学校
「おはよう、むく」

いつも結之と会う交差点で、挨拶を交わしあいふたりは学校へ向かう。
ゆっくり歩いていると、むくと結之の後ろからふたりを呼ぶ声が聞こえた。


「おはようむっちゃん、結之」

「あ、朝田と伊賀」

振り返るとクラスメイトの朝田と伊賀がいる。
このふたりはむくと結之の友人でよく4人で一緒にいる。
挨拶を交わしてまた学校へ向かう足を動かした。


「そういえば、むっちゃん金曜誰の車乗ってたの? 兄貴じゃないでしょ」

伊賀にそう問われ、むくはどきりと心臓が動くのを感じた。
むくと壱琉の関係を説明するのは難しい。
だからなるべく結之以外のクラスメイトに壱琉の存在を知られたくなかった。


「んーと、友達…?」

「友達ぃ? あんな人が友達なの、むっちゃん。誘拐されたと思ったんだぜ、俺たち」

「大丈夫、誘拐じゃないよ。んーと、風太の友達…?」

「ふうん…」

納得行かなそうな伊賀と朝田に、むくは聞こえないようにため息をついた。
それから結之の方へ視線を移すと結之が困ったように苦笑する。
学校が見えてきて、少しだけホッとした。


「あ、そういえば、新しいゲームのアプリ落としたけど昼休みにやらない?」

結之がそう言うと朝田と伊賀はすぐにそちらへ意識を向ける。
そのことにやっと息ができるような気がした。
鞄の中の携帯を開くと、壱琉からメッセージが入っている。


「…もう、誰のせいで…」

思わず携帯に向かって文句を言いそうになって、むくはぐっと抑え込む。
一度携帯を鞄にしまい、3人の後を追った。
教室に入ってから携帯を開き、メッセージを読む。
教科書忘れて帰っただろ、と書いてあり、鞄の中をもう一度見た。
数学の教科書がないことに気づき、もう一度ため息をつく。
今日の夜取りに行くと返信をして、結之の方を向く。


「ゆうちゃん、今日数学あったけ」

「何、忘れたの?」

「うん…。教科書」

「よかったね、ツイてた。今日は数学はないよ」

「よかった」

結之の答えにむくはよかったと安堵のため息をついて、席に着く。
隣の席の結之はむくがホッとしたことに気づいて小さく笑った。
携帯を見ると返事が返ってきている。

待ってる。

たった一言で楽しみができたことにウキウキとした。
早く学校が終わればいいのに。
そう思いながら、まだ始まってもいない学校に笑ってしまう。
朝田と伊賀がそばにいないことを確認して、結之の方をもう一度向いた。


「むく、土曜日は楽しかった?」

「うん。壱琉ってば、いっぱいケーキ買いこんでて、食べるの大変だったんだよ」

「はは、むくが喜んでくれると思ったんだろうね」

「うん…。楽しかったな。海行ったの。春の海って素敵だよね、キラキラしててすごい綺麗だった」

興奮したように話すむくに、結之はまた笑った。
結之が笑ったことに気づいたむくは頬が熱くなるのを感じる。
そんな顔を見せたくて、むくは窓の方をむいた。
結之がまた笑っているのを聞いて、どうしようもなく恥ずかしくなる。


「むく、よかったね」

「…うん」

「教科書、壱琉さんのとこに忘れたの?」

「うん、今日も壱琉のとこ寄って帰るから一緒に帰れない。…ごめんね」

「いいよ、むくが嬉しそうにしてる方がいい」

「ゆうちゃんかっこよすぎ」

そう言ってむくが笑うと、結之も笑った。
夕方のことを思うとまたウキウキする。
ソワソワしていることを結之に気づかれたくなくて、むくはまた窓の外を眺めた。
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