穏やかな声の中で
車に戻って、窓の外を眺める。
エンジンをかける音が聞こえてきて、シートベルトをすると車はゆっくり走り出した。
温かい紅茶を飲むと、体の中から温まる。
少し暑いくらいでも、それが気持ち良かった。


「むく」

「ん、なあに」

「帰るか?」

「本屋さんは?」

「別にそんなに急いでるわけではないから、別の日でも構わない」

「…いいよ、別によっても。むく待ってるよ」

小さな声で伝えると、壱琉が微かな声で笑った。
その声に少しだけムッとくる。
壱琉の愛おしそうに笑う表情を見ていると怒る気力も無くなっていて、むくは小さくため息をついた。


「手、離したから怒ってるんだ?」

「そんなんじゃない」

「そうか」

車が赤信号で止まり、壱琉の手が伸びてきた。
大きくてゴツゴツとした手がむくの頭を何度も撫でる。
その手がいつもよりうんと優しくて、むくはおもわず笑った。


「もお、そんなんじゃないってば」

「そうかそうか」

「…、もっと」

「はは、ほんとかわいいな」

壱琉の笑い声にむくももう一度笑う。
青信号に変わって、大きな手が離れていった。

むくはもう一度窓の外を眺める。
街の景色が流れていく。
海の街の景色はいつ見ても綺麗で、段々山を登っていく車の中から眺めるのが好きだ。
何度見ても飽きないこの景色を眺めながら、むくは静かに呟いた。


「ねえ、いち。本屋さん行ったら、すぐ帰ろ。帰ってお風呂はいって、ゆっくりしよう」

「あぁ、もちろん。仰せのままに、かわいい赤ちゃん」

「ん」

軽く頬を撫でられ、頷く。
車に揺られていると次第に眠くなってきた。
壱琉が音楽に合わせて口ずさむ歌が聞こえる。


「ごめん…、寝ちゃいそう、」

「かまわない。ゆっくり寝な」

「ん…」

微かな返事を残して、むくは穏やかに眠りに落ちた。
心地よい低い声の中で。
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