おかえり
「すごい。こんなところに住んでるなんて…」

「これからお前も住むんだぞ」

「そうですね。…ちょっと感動ものです」

「そうか」

マンションを見上げて一言呟くと、隣から返事が返ってきた。
風太は汰絽の感心した声を聞きながら、指紋照合をしている。
汰絽も覚えなきゃだぞと言われ、風太の動作を眺めた。


「書類とか手続きとかもう済んでるし、指紋照合だから特に心配はいらないさ」

「…すごいです」

「そうか? まあ、慣れれば大丈夫だろ」

「は、はぁ…」

なれますかね、と呟くのが聞こえ、なれるだろ、と返す。
そんな風に他愛ない会話を交わしながら部屋へ向かった。
玄関ホールを抜けるとレストランや喫茶店、本屋が見える。
あっけに取られながら、エレベーターに乗り込んだ。


「うちはそこまで階数がないから、12階まで」

「12階…」

「そ。間違えるなよ。家は11階」

「はい」

「当分一緒に帰るから大丈夫か」

風太が面白そうに笑い、汰絽も小さく笑った。
エレベーターはすぐに11階に連れて行ってくれ、風太に案内されながら部屋へ向かう。
降りてから少し歩いたところに、『春野』の表札が見えた。


「内装もとても綺麗なんですね。…歩いてて思いました」

「まあな、掃除は業者がしてるし」

「…もう驚きませんよ?」

「そうか。残念」

「荷物重くないですか? 交代、します?」

「汰絽が持ったら引き摺るだろ」

風太にそう言われ、少しだけむすりとする。
前を歩く風太が笑っているのが見えて、汰絽はもう、と呟いた。
荷物をおろして、ジーンズのポケットから財布を取り出して、財布からカードを取りだした。
それからドアの取っ手の下にある隙間にカードを滑らせる。


「これ、カードキーな。後で渡す」

「はい」

「ほれ、はよ入れ」

「あ、はい。…おじゃましま」

「ただいまだろ」

「あっ、…ただいま、です」

「おかえり」

からかわれながら部屋に入ると、思わずほっと息を吐いてしまう。
おかえり、って言われるのがなんだか嬉しい。
靴を脱いで、リビングへ案内された。

日差しが良い具合に部屋を照らしている。
廊下を少し歩いたところがリビング。
黒を基調とした家具が綺麗に並んでいる。


「…広い」

「そうか?」

風太が荷物を置いたのを見て、汰絽はもう一度部屋を見渡した。
大きなテレビに、大きな窓ガラス。
外の景色が一層できる。
キッチンとリビング、ダイニングが繋がっていて、食事を運ぶ時も、作っている時も会話ができる、汰絽にとって嬉しい造りになっていた。
prev | next

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -