泣き虫の決意
「風斗さん」

病室に入り、小さな声で風斗を呼ぶ。
テレビを見ていた風斗は、視線を扉の方へ向けた。
入ってきた汰絽と風太に笑みを浮かべる。


「いらっしゃい。早かったね」

そう声をかけると、汰絽はふるふると首を横に振った。
風太は壁に体を預けて、腕を組む。
態度の悪い息子の様子を見て、風斗は苦笑せざるを得なかった。


「汰絽君、そこの椅子出して座って」

「はい」

風斗に促され、椅子を出して腰を下ろす。
なかなか落ち着かないのか、視線をさまよわせる汰絽を見て風太がそばに寄ってきた。
ぽんぽん、と頭を軽く撫でられる。
顔をあげれば、風太が優しく微笑んだ。


「風斗さん、僕、ちゃんとむくと話をして決めました」

「うん、そのようだね。…安心したよ」

風斗がかみしめるように数度頷く。
そんな風斗に汰絽はきゅっと唇を噛んだ。


「もう少し落ち着いてから、その話をしようか」

「…はい」

そう言って考え込んだ風斗をじっと見つめる。
会話を探しているのだろうか、顎に手を添えてうーんと唸っている。
汰絽はそんな風斗の、金色に輝く髪を眺めた。
少し空いた窓の隙間から入る風にゆらゆらと揺れている。
とても綺麗で、まるで麦畑が揺れているようで、思わず見惚れた。


「あ、そういえば…。好野君は元気かな?」

「相変わらず、元気ですよ。今でもむくのこと大好きです」

「はは、それは良かった。好野君、汰絽君のことも、むく君のことも大好きだもんね」

「ふふ、そうなんです」

今はいない好野のことを思い出して、笑う。
明るくて元気な好野は、風斗も好きだ。
汰絽の日常が垣間見えたようで、風太も軽く笑った。
いつもより楽しそうな汰絽の笑顔が、とてもきらきらと輝いて見える。


「風斗さんともう一度会うことができて、本当に良かったです」

「私も、ふたりと再会できて良かった」

「…むくとふたりになってから、おばあちゃんを知っているのが、風斗さんとよし君しかいなくなって…」

「汰絽君…」

「風斗さんも、会えなくなって、寂しくって…」

汰絽がその言葉を出した時、その言葉と一緒に涙が零れた。
零れてしまった涙に気づいていないのか、ぽろぽろと落ちていく。
その涙に風太は思わず手を伸ばした。
ぽんと肩に手を置き、ぎゅっと力を入れる。


「たろ」

「…春野先輩…?」

「…泣いてる」

風太にそう言われて、汰絽は頬に触れた。
冷たい滴を指先に感じて、パーカーの袖で拭う。
優しく叩かれる肩に、汰絽はほっと息をついてから深呼吸した。
優しく見守っている風斗になんだか恥ずかしくなってきて、俯く。


「…汰絽君は我慢強い子だけど…、本当は泣き虫さんだったね」

風斗はそういうと、汰絽の頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと髪をかき回した。


「落ち着いた?」

「はい…。すみません」

「いえいえ。泣き虫さんなところも汰絽君のいいところだから」

「…恥ずかしいです」

照れる汰絽にふたりが笑い、部屋が和やかな雰囲気になった。
そんな中、風斗はベッドのすぐそばにある棚から封筒を取り出す。
以前、病院で見せてもらった封筒だ。


「むくに…、家族が欲しいか訊ねました」

「何て答えたの?」

「欲しいって。…むくは、本当は寂しがり屋さんだから、たくさんの人と、一緒がいい。そう思ったんです」

汰絽はそういうと、何かを確かめるかのようにぎゅっと手を握った。
その手を見ていると、胸がせつなさで溢れそうになる。
風太は汰絽の肩を一回撫でた。


「むくは、大好きな人となら、家族になりたい。そう言ってくれました」

「…むく君が…」

「だから、僕は気持ちを決めた」

きゅっと握られた手から力が抜ける。
しっかりと前を向いた汰絽は風斗に微笑んだ。


「…ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしく、お願いします」

汰絽が頭を下げるのを見て、風斗が嬉しそうに微笑んだ。
心配になって顔をあげると、嬉しそうな顔をしたふたりが見えた。

家族になりませんか? end
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