ドキドキアクシデント
むくを幼稚園に送ってから、家で支度を整えた。
半そでのグレーのパーカーを羽織る。
普段の格好で風太が来るのを待った。
むくがいない家は初めてで、しんとした部屋の空気は重たい。
きゅっと腕を握り、唇を噛んだ。


「駄目だな…、強く、ならなきゃ」

思わずそう呟いてしまう。
チャイムの音が聞こえてきて、腕を握っていた手の力をゆっくりと抜いた。
足早に玄関へ向かい、外に出る。
空を見上げている風太が見えて、ほっと息をついた。


「おはようございます」

「はよ。…どうした?」

「はい?」

風太の質問に首をかしげると、なんでもない、と返事が来た。
首をかしげつつ、促されたまま車に乗り込む。
運転席には夏翔がいて、軽く挨拶した。


「お願いします」

「おう」

車が動き出すと、少しだけ安心してほっと一息つく。
隣に座っていた風太が欠伸をして、軽く笑った。
動き出した車の窓の外を眺めた。
晴れ渡った空はとてもすっきりとしている。


「もうじき、梅雨ですね」

「ああ。そうだな」

「僕、雨好きじゃないです」

「…俺も」

そう話し終えると、車内がしんとした。
夏翔が思い出したように声を出したのを聞いて、汰絽は窓の方へ視線を戻す。
通り過ぎる建物の間にある木々が揺れていた。


「あと、一昨日だけど。美南の奴が風太が来ねぇって騒いでたぞ」

「あー、一昨日はたろのとこで夕飯食ってから家に居たからな」

「へえ。…お前、ほんと丸くなったな」

「あ? 別にんなことねーよ」

風太の少しだけ拗ねたような表情に、汰絽は思わずくすりと笑った。
いつも大人みたいに見える風太が、夏翔と話している時ばかりは年相応に見える。
そんな風太が、とても面白く見えた。
汰絽が笑っているのに気付いた風太がむっとしたような表情をした。


「笑うなよ」

「わらって、っません」

「笑ってるだろ」

大きな手にぶにっと頬をつままれて、汰絽はむうと声を漏らした。
すぐに離れた指先は摘まんだ頬を撫でる。
何度も頬を擽られて汰絽は身をよじった。


「拗ねるな」

「拗ねてませんよー」

頬を撫でられている途中、車が大きく揺れて、風太が汰絽に覆いかぶさった。
思わぬアクシデントに、後頭部を窓ガラスにぶつける。


「いたた…」

「…」

風太は自分の腕の中に居る汰絽に目を見開いた。
頭をさする汰絽がとても小さく見える。
強く抱きしめたら、ぼろぼろになってしまいそうだ。
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