悲しい顔よりも
「心配してくれる人、いますよ」

「居なくても俺は構わないんだ」

「そんな、そんなの、寂しいです」

「…寂しい?」

訝しげに眉をひそめた風太がこちらを見る。
どこか探るような視線に汰絽は少し悲しそうな顔をした。


「…心配、しちゃ…、駄目ですか…」

絞るように漏れた声に風太は、まな板に視線を戻した。
隣の汰絽が息を飲む音が聞こえて、風太はため息をつく。


「…わかったよ。だから、そんな悲しそうな顔をするな」

風太にそう言われて、汰絽はこくりと頷いた。
安心したような様子に風太は今度は安堵からため息をつく。
どうにも、汰絽の悲しい顔は嫌いだ。


「汰絽、残り」

切り終わった野菜を渡してから、汰絽が慣れた手つきでフライパンを動かすのを眺めた。



「いただきます」

夕飯はビーフシチューとサラダ。
先ほどのふたりの間のしんみりとした空気はなく、楽しい夕食の時間になった。
嬉しそうなむくを見ていると、汰絽も嬉しくなってくる。
ふたりのどこか浮ついた空気を見て、風太は安心した。
汰絽の悲しそうな顔が、頭から離れない。
悲しそうな顔よりも、嬉しそうな顔の方を見ていたいと思う。


「風太お泊りする?」

「ん? 明日も学校あるからな。…また今度」

「そっかー…。今度、お泊りしてね」

「おう。あ、汰絽、明後日なんだが…」

「あ、大丈夫です。幼稚園が土曜の午前は預かって頂けるので」

「ああ、了解」

汰絽は風太に頷きながらむくの頬についたビーフシチューを拭きとる。
その様子を見ながら、サラダボールからサラダをとった。
母親のような仕草はとても柔らかく、温かい。


「たぁちゃん、どっかいくの?」

「うん、ちょっとね。お土産、買ってくるね」

「わーいっ!」

食事も終わり、食器を運びながらむくと話す。
時計を見るともう8時を過ぎている。


「そろそろ帰るわ」

「あ、はい」

汰絽がエプロンを椅子にかけながらパタパタと寄ってくる。
むくも一緒にかけてきて、風太は軽く笑った。


「食って帰るだけになって悪いな。今度、外食連れてく」

「いえ、そんな…。むくも喜んでいたし、その…ありがとうございました」

軽く頭を下げた汰絽のふわふわの蜂蜜色の髪を撫でた。
わ、と小さな悲鳴が聞こえて軽く笑う。


「いずれはどっか食べに行きたかったら。3人で行こうな」

「…はいっ」

汰絽がにっこりと笑うと、むくも一緒に幼い笑みを浮かべた。
風太がどうした、と問いかけると、内緒、と可愛らしい声が聞こえてくる。
首をかしげながら汰絽を見ると、汰絽も同じように首をかしげた。


「じゃあ、また明日な。明後日、たぶん10時頃になると思う」

「はい」

さよなら、とむくとふたり手を振って、ふたりは風太を見送った。
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