燻る煙
「杏ちゃん、大丈夫ー? 春野君ってば、乱暴なんだからぁっ、拭いてあげるねぇ」

夏翔からタオルを受け取ると、先ほどの様子を見ていたのか、ふたり組の女が駆け寄ってきた。
猫なで声を出しながらタオルを杏の手からとった女は、かいがいしく杏の世話を始める。


「だいじょーぶだよぉ、水の滴るいい男でしょ?」

「あは、言えてる。杏ちゃん、カッコいいよー!」

女に答えるように少し色を携えた表情で答える杏に、胸やけのようなものを感じた。
頭の悪い女と語尾が伸びる男が会話をすると、ネトネトとした甘さを感じてしまう。
もともと、さっぱりとしたものが好きな風太にはどうもそれが腹立たしかった。


「ねぇー、杏ちゃんっ。春野君、溜まってるんじゃないの?」

「リカ、下品だよぉー」

カマトトぶったもうひとりの女に、ちらりと視線を送る。
黒髪で清純ぶった様子に、思わず笑いがこみあげて嘲笑を送った。


「はるのん、どう? 一発ヤッとく?」

「いらねぇよ」

胸やけが最高潮に達して、飲まずにいたカクテルを手に取る。
べたべたとくっついてた女と杏の頭の上に注いだ。
それから隣にいたカマトト女には出されたもういっぱいのカクテルを注ぐ。


「つめてー!!」

「頭冷やせ。それとそこのカマトト、清純ぶってもビッチにしか見えねぇからやめとけよ」

杏が風太のその発言に止めに入ったが、風太は言い終わると携帯と煙草を手に取った。


「ビッチ共、邪魔だ」

風太の冷めた目と低い声で、女は弾かれたようにその場を去った。
杏はくしゃみをしながら、着ていた薄手のパーカーを脱ぐ。
椅子にかけて夏翔からもう一枚タオルを受け取った。


「寒そうだな」

「はるのんのせいでしょーが。あーあ、さっきの子今晩のお約束してたのになぁ」

「ひとりでオナっておろ、万年発情期」

「セクハラ! 破廉恥男!」

手に取っていた携帯をポケットにしまい、ライターをカチカチと鳴らす。
それから煙草を一本取り出して、火をつけた。


「もう行くのか?」

「馬鹿見てたら具合が悪くなった」

「馬鹿って! これでも頭はいいんだからね!!」

「黙れハゲ」

杏に一言告げてから、風太は飲み代をカウンターに置く。


「今度、いつ集まるの」

「来週」

「りょーかい」

杏のお尻を蹴ってから、風太は黒猫を後にした。


薄暗かった黒猫から外に出れば、なんだか夜空のほうが明るく感じた。
煙草を吹かしながら今日のことを思い出せば、汰絽の泣き顔が最初に浮かぶ。

綺麗で透明な涙だった。
誰かを綺麗だと思ったのは初めてだ。
その思いは心の中で燻る。

風太は大きく煙を吸い込んだ。
肺に沁みわたる煙草を吐き出してしまえば、燻っているものも吐き出されるような気がしたがそんなことはなかった。
未だに心の中で燻っている。


「あー…」

空を見上げて声を出せば、心地よい。
その心地よさにもう一度立ち止まる。

ー…汰絽はどうしているだろうか。

そう思うと、自然とポケットに入った携帯に手が伸びた。
今の時間は迷惑だろう。
考え直して、伸ばした手を元の位置に戻す。
それから昨日、この腕に抱きしめた体温を思い出そうと腕をさすった。
腕をさすれば、なんとなく自分の中で燻っているこの感情の正体がわかったような気がした。
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