バー『黒猫』
暗い店内に入り、カウンター席に向かう。
薄暗い廊下を歩き、ガラス張りの扉を開けた。
カウンター席にいるだろう杏を思い出してしまい、若干イラつきがよぎる。
あのテンションにはついていけない。
そう考えると、なぜ杏と普段一緒にいるのだろうか疑問に思い初め、それ以上考えないようにと煙草に火をつけた。
ぷかぷかと煙を吹かしながら、カウンター席に視線を送ると、杏と夏翔が楽しそうに話をしている。
「あっれー? 今日は、来ないと思ってたよぉー」
杏のゆるい声を聞きながら、杏の座る場所からひとつ空けた場所に腰を下ろす。
それからカウンターに立つ夏翔に注文し、灰皿に灰を落とした。
「未成年に出す酒はないって言いたいところなんだよなぁ…」
「あんただってこれくらいの時から飲んでんだろ」
「黙れ。今作ってから」
シェイカーを振る様子を眺めて、煙草を吹かす。
短くなってきたそれを灰皿に押しつけて、息を吐き出した。
「ほら」
目の前に出されたカクテルに手をつけて、携帯を開いた。
どこに連絡するわけでもなく、パタパタと手持ち無沙汰に開け閉めする。
汰絽から電話が来るか、来ないか。
来ない確率の方がだいぶ高いだろうな、そう思うとやけに落ち着かない。
「はるのん、どうしたのー。そんなぱたぱたしてぇ」
「うるせぇ。オタクには一生わからないだろ」
「オタクってひっどーっ! 恋煩い野郎」
ぼそりと呟いた杏の一言に、そちらを見る。
にやにやと笑っている杏に舌打ちをして、煙草をもう一本取り出した。
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ、ハゲ」
「禿げてないやい、シラガ野郎」
「ハゲよりシラガのほうがまだマシだ」
「俺は毛が太いから禿げないもんねぇ!」
杏の軽口に答えながら、携帯の開閉をやめた風太は一気にカクテルを仰いだ。
がんっと机に置くと、夏翔が黙って継ぎ足してくれる。
継ぎ足されたカクテルも一気にあおり、風太はもう一杯と、夏翔に継がせた。
「汰絽ちゃん、どうなんだよ」
「あ? …さあな」
「そんなに急かしたって、どうにもなんねぇよ」
「そりゃあそうだけど、…お前、気になってんだろ?」
「まぁ。…俺が気にしても、決めるのはあいつだから」
「はるのんっておとなぁ」
けらけらと笑う杏の頭に、杏の前に置いてあった水を頭の上からかけた。
うわ、と声を上げながらも、文句を言わない杏にふんと鼻で笑う。
まだ水がこぼれてくる深いグラスを払ったところで、今度はカクテルとグラスが注がれるだろう、と思い、文句は言えない。
水浸しになった杏はあーあ、と声を上げた。
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