風太の話
「俺の親父と母親はさ、別々に恋人がいたんだ。まだ大学生で結婚なんて考えられない時期だったかな」
「風斗さん…?」
「あぁ。親父も母親も結婚したくないのに、家の事情で結婚する羽目になった」
政略結婚。
心の中で呟いて、風太を見つめた。
トン、トン、と叩かれる指が、神経質そうに見えて、目を閉じる。
「それに反発するように、親父は家継がねえで警察になって、母親は俺を育てるのに疲れて若い男をしょっちゅう家に連れ込んでさ」
「…浮気、ですか」
「あぁ。気付いたの、俺が小学校高学年にあがったころかな」
「…っ」
「哀しい顔すんな。俺はそんなに気にしてないから。たろが哀しい顔した方が気になる」
「ごめん、なさい」
ぽんぽん、と頭を撫でてもらい、頷く。
風太の気持ちは風太にしか分からないけれど、自分の身に置き換えてみたら、とても哀しいことだと思った。
「離婚は、されたんですか」
「まだしてない」
「どうして…」
汰絽の問いかけに風太は首をかしげて、さあ、と答えた。
一瞬の沈黙の後に、もう一度風太が口を開く。
「母親は自宅に男連れ込んでるし、親父は入院中だし。ちょうど良いから、親父が買ったマンションに移った」
「それで、ひとり暮らし、してるんですか…」
「あぁ、自由だぜ。風呂はいつでも入れるし、好きな時に好きなこと出来るからな」
汰絽が黙りこんだのを見て、風太は優しい笑みを浮かべた。
考えてることがすぐにわかってしまい、頭を撫でる。
「深刻に考えるなよ? 母親が俺のこと嫌いで、俺も母親が嫌いで、一致したから俺はマンションで優雅に暮らしてんだ」
そう言って、ニカっと笑った風太に、汰絽もぎこちなく笑った。
「たぶんさ…、家にある親父の荷物、もう無くなってるんだろうな。少しずつ俺のマンションに届けられてるし」
「…そんな、」
「ん? …あーあ、泣きそうな顔して。深刻な話じゃないって言ってるだろ。泣くな」
涙腺が弱くなってるのか、また泣き出してしまいそうな汰絽に笑い、大きな手のひらで柔らかな頬を挟んだ。
それから優しく撫でて、むにむにとつまむ。
「いひゃいっ」
「そうか」
「いひゃいれひゅ」
「ぶさかわ」
「…ぶひゃひゃわひょはふれひふらい」
「ん? ぶさかわとか嬉しくない?」
ひゃいひゃい言う汰絽に笑いながら、指先を離した。
柔らかな頬をむにむにとつつく。
「飯作るのめんどくさくて毎日コンビニか外食だったから、汰絽が家に来てくれれば俺はまともな飯が食えて、まともな生活ができる」
「…でも、」
「むしろありがたい。洗濯物たまってるし。自分でしなくていいとか、最高だ」
風太の言葉に思わず笑ってしまう。
「むくと…、相談します」
「ああ。そうしな。やっと意味がわかったな」
「はい」
「じゃあ戻るか」
「はい…、先輩、ありがとうございます」
どういたしまして、と部屋に入っていく風太の背中を追いかけた。
楽しそうにテレビを見ているふたりに、小さく微笑む。
「たぁちゃん」
ふと振り返ったむくの不安そうな表情を見て、汰絽の精一杯の笑みを浮かべた。
まだ泣いたばかりでぎこちない笑顔でも、むくは汰絽の気持ちを感じたのか、嬉しそうにふわりと笑う。
「ほら、安心しただろ?」
風太の言葉に、うっすらと嬉し涙が浮かぶのを感じた。
風の吹く部屋 end
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