失った場所
「…なんで、わからないんだよ!」

「わからないものは、わからないんです!!」

風太が痺れを切らして、大きな声を出した。
急に大きな声を出されて驚いた汰絽も、おんなじように声を荒げる。
通りすがった看護師に、何事かと注意された。
汰絽がもう一度唇を噛みしめて俯き、風太はくっと押し黙る。


「…不安なこととか、哀しいことがあったら、隠そうとするな」

「…誰にですか」

「むくにだよ。お前の感情が見えないから、わからないから、むくは不安になるんだ」

「…むくが余計に不安になる」

「それはわからないだろ」

風太にそう言われて、きゅっと拳を握った。
唇が切れて、鉄っぽい味が口の中に広がる。
何も言えなくて、次の言葉を待ってると、風太が考えるように唸った。


「…じゃあ、むくじゃなくても、誰かに言えよ。俺とか」

「…春野先輩にですか? なんで…?」

「むくの成長を一緒に見ていくって約束しただろ」

「…それは関係ないんじゃ…?」

「関係なくない。同じだよ。一緒に見ていくってことは、お前と一緒にいるってことだろ。それなら、お前の苦しみを教えてもらう権利は俺にある」

一理あるような気がして、もう一度押し黙ると、またため息が聞こえた。
初めて会った時とか、お泊りをした時はもっと優しかった気がする。
むすりと拗ねたような表情をしてしまって、汰絽は咳払いをした。


「別に、俺じゃなくてもダチがいんだろ」

「よし君には話せません。これは僕の話なんです」

「だーかーら! そうやって隠すから、むくがそれを感じ取って不安になるんだろ!」

「…隠してないとっ、…やっていけないんです」

汰絽の細い肩が小さく震えている。
そのか細い様子を見て、不意に汰絽の家族のことを思い出した。
写真立てに入っていた、幸せそうな家族写真。
家族を失って、不安を吐き出す場所がなくなってしまったことを。


「悪い…」

風太の言葉に顔を上げた汰絽の綺麗な瞳から、大粒の涙がぽつりと零れ落ちた。
蜂蜜色を撫でて、もう一度謝る。


「そうだよな。言える場所が、なかったんだもんな」

風太の優しい声に、小さく嗚咽が漏れた。
泣いている顔を見られることが恥ずかしくて、ごしごしと目をこする。
大きな手が、強く肌を傷つけそうな手をぎゅっと握って止めた。


「こすると痕になるぞ…」

そう言って、両手で頬を押さえて、親指で涙を拭った。
ぐずぐずと鼻をすする音を聞いて、小さく笑う。
それから汰絽の頬を壊れ物を扱う様に優しく撫でた。
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