ありがとう
祖母との別れから、あっという間に春休みが終わり、桜も散り始めた。
いつも一緒に過ごしていたむくとの時間は減り、高校に入学した。
むくは幼稚園に毎日元気に通っていて、汰絽は心に余裕ができ始める。
友達もでき、毎日その子のことを嬉しそうに話してくれる。
ふたりきりの夕食も、寂しくなかった。


「おべんとー」

「そう? よかった。今日は何して遊んだの?」

「ヒーローごっこ! ゆうちゃんした!」

「ヒーローごっこ、楽しかった?」

「ん!」

うんっと手で大きく汰絽に伝えてくるむくに、汰絽は小さく笑った。
とても楽しそうな様子に、むくの幼稚園での生活が見える。
ほっと息をつき、微笑むと、むくも満面の笑みを浮かべた。


「たあちゃん、おべんとー、ありあと」

「いいえ、どういたしまして」

ふたりで頭を下げて、微笑みあう。
ささやかながらも、祖母がくれた知恵と財産と、温かな家で何とか過ごしている。
施設に入ることも考えた。けれど、ふたりで生活していこうと決めた。
祖母との暮らしの時に、春野がよく訪ねてくれた。
その時に施設の様子を聞いて、汰絽はふたりで過ごすことを決めた。
その結果は、とても幸せなものだ。
汰絽は、そう息を吐く。


「むく、お風呂入ろっか」

「ん!」


風呂からあがり、むくの髪の毛を乾かす。
布団に横になったむくを寝かしつけて、汰絽は勉強を始める。
むくが寝付いた後の勉強も、慣れてきた。
眠気が襲ってきて、勉強も終わり、汰絽はむくを抱きしめて眠りにつく。
お休み、と頬にキスをしてから、深く眠りについた。




「たぁちゃーん、おっはっよー!」

「ん、おはよ…むく」

目ざましで起きたむくが、汰絽を起こす。
顔を洗って支度をしてから、むくとふたりでキッチンでの食事を始める。


「むく、よく噛んで食べてね」

「んー」

むぐむぐと食べているむくに一声かけて、自分も食べる。
食べ終わった食器を運んで、もう一度身だしなみを整えた。
食器を運び終えたむくは、ほわほわと笑いながら汰絽に抱きつく。
朝のハグは毎日の日課だ。


「歯磨きして、チェックも終わりました!」

「はい!」

「じゃあ、行きましょう!」

「いってきまーす!」

祖母のお仏壇にあいさつをして、ふたりは元気よく玄関を出た。

穏やかな春の道を手を繋いで歩く。
ほにゃほにゃと歌うむくに笑うと、むくも笑い返してくれた。


「今日はお迎えが遅くなるけど、幼稚園で良い子にしててね」

「うん! いいこっ」

頭をなでて、送りだせば、何度も振り返って手を振ってくれた。
その姿を眺めてから、汰絽は高校へ向かう。
桜が綺麗に咲いていて、祖母の幸せそうな顔を思い出した。


「ありがとう、おばあちゃん。…とても幸せだよ」

そっと祖母に囁きかけて、汰絽は足を速めた。


愛しの甥っ子 end
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