僕の話
「僕の話、聞いてくれますか?」

洗濯物をカーペットに下ろした汰絽に言われて、風太は写真立てを棚に戻した。
スケッチブックで遊んでいたむくはテレビをつけて、汰絽の膝に乗る。
トン、と汰絽の隣に座り、ああ、と小さく返事をした。


「僕の家族は、お母さんとお父さん。年の離れた姉がいました」

静かな優しい汰絽の声。
テレビの音が聞こえなくなるくらい、汰絽の小さな声に集中した。
洗濯物を畳む小さな手を見る。
少し震えたその手に手を伸ばしかけて、止めた。


「姉は僕が11歳の時に結婚しました。旦那さんはとても優しくて、カッコいい方でしたよ」

「むくのぱぱ?」

「そうだよ。あの写真で笑ってる人」

「うん、むく、ぱぱお写真の中でも大好きなの!」

満面の笑みを浮かべたむくに、汰絽が微笑んだ。
懐かしむ様なその笑顔に、風太は息を飲む。
どれだけ懐かしく思っていても、寂しさは隠せない。


「姉夫婦は僕と両親が住む家よりも少し遠いところに住んでたんです」

「お前が住んでたのって、ここ?」

「いえ。ここはおばあちゃんの家です。僕が住んでいたのは、隣町です」

「そうか」

畳まれた服が積み上げられていく。
汰絽のゆっくりとした話を聞きながら、穏やかな時間の流れを感じた。


「姉とむくが帰宅することになった日。両親が姉夫婦を迎えに行きました。僕は友達と遊んでいたので、家に残っていたんです」

不意に曇った汰絽の表情。
一息置いて、深呼吸する。
洗濯物を畳む手はもう止まっていた。


「夕方。いつまでも帰ってこない母達に、電話をしようと電話の前に立った時、その知らせはきました。じりじりと鳴る電話が、すごくこわかったのを覚えています」

小さく震える手を思わず握った。
俯いた汰絽の表情はわからない。
けれど、そうせざるを得なかった。
汰絽の膝に乗っているむくは、汰絽のほうを向いて不安そうに見上げている。
大丈夫、そう呟いた汰絽は空いた片手でむくの頭を撫でた。


「警察から、両親と姉夫婦、むくの乗った車がトラックと正面衝突した、そう告げられました」

「正面、衝突…?」

「…はい。山中の出来事で、トラックのほうが悪かったそうです。運転手は捕まりました。でも、母や父、姉や、義兄さんは帰ってこなかった」

「…むくは?」

「姉と義兄が一瞬のうちにかばったんです。怪我もなく、…奇跡でした」

汰絽の悲しそうな笑顔に、息を飲む。
風太が握っていない方の手は、むくを抱きしめていた。
腕の中のむくは、汰絽にすがるように体を反転させる。
きゅっと抱きついたむくは、小さく大丈夫、たぁちゃん、と呟いた。
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