はじめまして、僕の愛しの甥っ子さん
ひんやりとした空気が、コンクリートの地面から体を蝕んだ。
質素なその部屋は、今まで無関係な世界だった場所。
小さな手をぎゅっと握りしめて、少年は横たわる家族を見つめた。


「…大きなトラックと、衝突して、…そのまま…」

12歳の小さな心に、孤独という影が差した。
両親と姉夫婦の体が横たわっているのを見て、小さく体が震える。
もう動かなくなった母と父。
優しく導いてくれた姉。
唐突過ぎて、何も考えることができなかった。
震えは指先まで来て、きゅっと握り締めた手に力を入れる。
何も答えない少年に、若い警察は、唇を噛みしめて部屋を出た。


「昨日まで、…幸せだったのにな…」

ぽつりと漏らされた言葉は、少年には何も意味を持たなかった。
霞がかかったように、言葉が零れる。
吐く息の音だけが耳に入った。
母の笑った顔、父の優しく諭す時の顔、姉の楽しそうな顔。
すべてが霞がかっている。

控えめに扉が開く音が聞こえた。
じっと両親と姉夫婦を眺めている少年に、切なげに微笑む。
腕に白い布を抱えた警官が入ってきた。
少年はゆっくりとそちらへ視線を向ける。


「六十里汰絽君、だね…」

「…だあれ」

「私は、春野風斗。君のご両親とお姉さん夫婦の事故の担当になった者です」

少年…、汰絽を呼んだ春野という警官は、汰絽に優しく微笑む。
それから汰絽と同じくらいまで視線を下げた。
じっと見つめてくる汰絽に、春野は頷いた。


「汰絽君、お姉さんにお子さんがいることは知ってるよね…?」

「こども…?」

「そう。ご両親から聞いてる?」

「…うん。今日お姉ちゃん迎えに行って、会わせてくれるって言ってた」

「そう、それでね…お姉さんのお子さんなんだけど…」

「ほにゃ」

小さな声で春野が話すのを聞く。
柔らかな、可愛らしい声が聞こえて、汰絽は目をぱちくりとさせた。
春野がそんな汰絽に泣きそうな表情をして、微笑む。
暗い霊安室の中、無表情だった汰絽が小さな泣き声に涙を浮かべた。
汰絽の涙が、ぽたぽたと、白い布に痕を残していく。
両親の事故を聞いた時から、涙を流さなかった。
そんな汰絽が零した涙に、春野はほっと息を吐く。


「だっこできるかな?」

「ん。できる。…むく、むく」

「むく?」

「うん。お姉ちゃんが、むくって呼んでたの」

「そっか。汰絽君、その…」

「春野さん、僕とむくはこれからどうすればいいの?」

小さな腕で小さな命を抱きしめる汰絽に、春野はきゅっと胸が締め付けられた。
汰絽は、流れていた涙を止めるように笑う。


「おばあさんが、迎えに来てるから」

「…うん。…春野さん、ありがとう」

むくを抱えたまま、春野に頭を下げた。
小さな体でむくを守るように抱きしめて、霊安室を後にする。
そんな姿を見て、春野は我が子を思い出した。
元気だろうか、と、笑わなくなった我が子を思う。


「…大丈夫、君なら」

と、呟いた声は、廊下でこだました。


「春野」と汰絽が出会うまで、後3年のこと。
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