理想の母親
「むくー、お箸運ぶの手伝ってー」

「はーいっ」

汰絽に呼ばれたむくは嬉しそうにキッチンへ駆けて行った。
その後ろを慌てたように結之も追いかけていく。
小さな背中につられて、風太もキッチンへ向かった。


「はい、むく、お願いします」

「はいっ」

「あっ、ゆうちゃんもありがとう。コップをお願いね」

「うんっ」

「わ、先輩まで…。えっと、じゃあ、残りのコップをお願いしますね」

「おう」

「たあちゃんまあだー?」

むく達の手伝いのおかげで、準備はすぐに終わった。
むくと結之は向かい合って座り、風太は結之の隣に座る。
ほっぺたを赤くして、足を振っているむくと結之に風太は軽く笑った。
大きなお盆にグラタンの器を入れた汰絽がダイニングテーブルに来る。
ひとりひとりの前に器を置いて、汰絽はむくの隣に座った。
いただきます、と汰絽が声を出した後に続いて、3人もあいさつして、食事を始める。


「グラタンおいしいっ。たあちゃん、おべんとーおいしかったですっ」

「そう? よかった。むくの大好きなの入れたから、全部食べてくれたね」

「んっ」

「器、あっついから触らないでね。あ、むくほっぺついてる」

「んー」

「はい、取れました」

むくの頬についたグラタンをティッシュでふく。
それから、上手に食べてね、とスプーンを持つ手を直してやる。
嬉しそうなむくを眺めて、風太は軽く笑った。
今日のメニューは、グラタンとコーンスープとサラダ。


「ゆうちゃんもほっぺたついてるね」

「あ…」

「取ってあげるよ」

「ありがと…」

結之の頬も少し立ち上がり、拭いてあげる。
そんな汰絽を見てると、不意に風太は母親を思い浮かべた。
理想の母親そのものだ。


「お前、母親みたいだな」

風太の呟きに首をかしげた汰絽に再度笑う。
それから、ゆっくりと食べているむくと汰絽を眺めた。
グラタンの器はもう空っぽになっている。


「風太食べるのはやーい」

「大人だからな」

「じゃあ、むくも大人になったらはやくなるの?」

「さあ? どうだろうな。…ゆっくり噛んでたくさん食べれば大きくなれるぞ」

「ふーんっ。じゃあ、むくもよくかむっ」

「ゆ、ゆうのも…!」

「おう。ふたりともがんばれ」

ふたりの決意を聞き、汰絽が微笑んだ。
むくと結之は一生懸命もぐもぐして食べている。
小さな汰絽を見て、風太は声をかけた。


「お前もよく噛めよ。むぐむぐしてないで」

「むぐむぐ、してないです。…小さくないもん」

「拗ねるなよ」

ふん、と鼻を鳴らしながら、スプーンを口に運ぶ。
そんな汰絽に、むくと結之が顔を見合わせて笑った。
夕食を終えた風太はむくと結之のからになった食器をまとめて運んだ。
むくと結之は、コップと箸を運んでくれる。
ふたりが持ってきた食器を、流しに入れた。


「たろはまだか?」

「まだあー」

「そうか。じゃあ、あっちで遊んでな」

「はーいっ」

ふたりの楽しそうに駆けていく音を聞きながら、風太はスポンジを泡だてた。
何分かして、汰絽が食器を運んでくる。
慌てたように、食器を置き、風太の隣に来た。


「い、いいのに、そんな」

「気にするなよ。いきなり泊まることになって夕食も作ってもらったから。これぐらいはするさ」

「…じゃあ、お言葉に甘えて。…ありがとうございます」

申し訳なさそうな顔をしながら汰絽は、風太の洗った食器を拭いて棚に片付ける作業に取り掛かった。
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