水族館
「僕、水族館大好きです」

「なんで?」

「水槽に囲まれたところに立ってると、自分もお魚になった気持ちになるんです」

「うーん?」

「お魚になって、一人じゃない気持ちになります」

「たろも泳いでるの?」

「ふふ、僕もふわふわふらふら泳いでいるつもりです」

水族館の受付でチケットを買いながら話す。
汰絽の言葉に風太は想像した。
ふわふわ、ふらふら、ゆらゆら漂う。
柔らかな水の中で泳ぐ。


「まあ、気持ちーかもしれねえな」

「でしょ。今日はゆっくり過ごしましょうね」

嬉しそうにニコニコ笑う汰絽の笑顔が輝いていて目を細める。
チケットを受け取り、ゲートをくぐった。
館内の暖かさに手袋とマフラーを外す。
汰絽はすぐにカバンの中にしまい、風太を見上げた。


「ふふ、デートですね」

「嬉しいの」

「うん、嬉しいです」

素直に頷く様子が可愛くて、風太は汰絽の髪をくしゃくしゃにした。
笑い声をあげる汰絽とともに館内に入っていくと薄暗く、他の客はみんな水槽に夢中になっている。
そっと小指を絡めると汰絽が小さく笑った。


「あ、この小さいお魚かわいいですね」

「クマノミだな」

「あはは、隠れてる」

小さな魚を指差し、笑いあった。
ゆっくり歩きながら水槽を眺めていると、汰絽が立ち止まる。
ひとつの小さくて綺麗な水槽をじっと見つめた。
何かを思い出すようにまっすぐに見つめていた汰絽は、思い出したのか少し悲しそうな表情をする。


「ここ、誰かと来たことあると思ったら…」

「たろ?」

「…最後に、お父さんたちときた水族館だったんだ」

悲しそうだった表情はそれから優しく柔らかな表情に変わった。
柔らかなその表情は、風太の胸を締め付ける。


「えへへ、幸せです。こうやってまた、新しい家族とこうやって、来ることができて。寂しい思い出だけじゃなくなった」

絡めていた小指を離し、小さな手をぎゅっと握った。
その冷たい手をぎゅうぎゅうに握って、温めたいと思う。
汰絽の心が寂しだけでは無くなるように。


「この水槽、好きです」

「小さい魚がいっぱいキラキラしてるから?」

「ふふ、そうです。キラキラしたの大好きなので」

「はは、ここな、むくも立ち止まって、ずっと眺めてたんだよ」

そう言って笑った風太に、汰絽も笑みを浮かべた。
それから風太にトンと体を当てて、また笑う。


「風斗さんが退院したら、四人でこないと」

「そうだな」

小さな水槽を眺めていたふたりはどちらからともなくもう一度歩き始めた。
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