過去の城
たどり着いたのは高級住宅街で、ひときわ大きい家だった。
春野の表札を見て、汰絽はどきりとする。
ここが小さかった風太が過ごしてきた家。
むくに車で待っててね、とキスを送り、五十嵐にむくのことを頼む。
東条と一緒に車を降りて、インターホンを押した。
控えめな声が聞こえてから、地味な服を着た女の人が出てきて、ふたりを招き入れる。
「あっ、の…、風太さんは、」
「風太さんなら、奥の部屋にいます」
「奥のへや…」
「…、あの、お会いに、なりますか」
「いいんですか」
「奥様に見つからないように…、東条様だけきたことを伝えてますので、大丈夫だと思います。階段を上がって、一番奥のお部屋です」
小さな声で汰絽に囁いた女に、汰絽は頭を下げてから東条と顔を合わせた。
東条に鞄の中にある封筒を渡してから、階段を足音を立てずに登っていく。
風太がどんな様子でそこにいるのか、想像もつかなかった。
この家には風太と風太の母親しかいないのだろうか。
そう考えながら、風太の部屋のドアをノックした。
「誰だ」
今まで聞いたことのないくらい低く、誰も寄せ付けない声に、汰絽はびくりと体を震わせた。
それからギュッと拳を握ってから、息を吸い込む。
「ふ、風太さん、僕です。汰絽です」
「…たろ?」
調子の変わった声が聞こえてきて、ホッとする。
すぐにドアが開けられて、目の前に変わらない姿の風太が現れた。
風太は汰絽の腕を引き、部屋に招き入れてから抱きしめる。
力強い腕が今日はどこか疲れたような、弱っているような、そんな腕の中で汰絽は涙がこぼれそうになった。
「…、約束、」
小さくそう呟くと、風太が笑ってすぐにポンポンと頭を撫でてくれた。
そのあと大きなてのひらが頬に触れて、唇が重なる。
風太の吐息が唇を撫でるのがとても心地よい。
会いたかった、と重なる唇の中で、伝えれば、もう一度抱きしめられた。
「よくこの部屋まで来れたな。あの女にはあったのか」
「いえ、静かな声でお話しされる方に風太さんのお部屋の場所聞きました」
「ああ、そうか」
汰絽のつむじにキスをしながら風太は続ける。
どうして、とか色々聞きたかったけれど、体を触れ合わせて甘えてくるような仕草に汰絽は泣き出してしまいそうになった。
どうしようもないくらい寂しくて、悲しくて。
きっとそれは風太も同じくらい、いや、それ以上に感じていたのだろう。
そう考えると、もっと悲しくなった。
「風太さん、僕たちのお家に、帰ろう?」
汰絽のお願いのような言葉に、風太は頷いてもう一度、自分よりもずっと小さな汰絽の口付けた。
風太の手を握り、汰絽は笑顔を見せる。
その笑顔に風太は頷いてから汰絽を連れて薄暗い部屋を出た。
「胸くそ悪いの見せるかもしんない」
「平気ですよ」
「俺のこと嫌いになるかもしんない」
「なりません」
「お前を傷つけるかも」
「さっきから、何おバカさんみたいなこと言ってるんですか」
頬を染めながらきっと目を吊り上げている汰絽は、繋いだ手の甲に爪を立てる。
その痛みは思わず笑い声が溢れて、汰絽はなおさら怒り出した。
「僕の想いを疑うなんて、ポンコツですか」
「悪いな、ポンコツで」
「でも、そんなあなたが好きですよ」
今度は笑顔を見せてくれた可愛い恋人に、風太は今度こそ、ちゃんと笑顔を浮かべた。
くしゃくしゃな汰絽の大好きな笑顔が、とても愛おしかった。
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