希望
携帯電話が鳴り響き、汰絽はすぐに電話を取った。
電話先からは夏翔の声が聞こえてきて、少しだけホッとする。
黒猫から電話をかけているのか、慌ただしい声が漏れてきた。
何が起きているのかわからないが、時々夏翔の声が聞こえなくなる。
それでも懸命に声を張って話す夏翔に少しずつまた安心を取り戻してきた。
東条の居場所が分かったという言葉を聞いてから、不安だけではなくなってきた。
『風斗さんとは連絡とったか』
「心配させちゃいけないかと思って、とってなかったんですけど、今えっと東条さんと」
『ああ、壱琉か。壱琉んとこの五十嵐に頼んで車出してもらいな。俺も探しに行きたいんだけど、別件で出れない』
「いえ、ありがとうございます、夏翔さんの声聞いたら、安心しました」
『役に立てなくてごめんな。風太が帰ってきたら、うちに来いな』
「はい」
夏翔の言葉に大きく頷いてから、汰絽は東条を見る。
東条は電話をしていて、相手は五十嵐のようだ。
準備しろと口を動かす仕草を見て、汰絽はむくとともにふたりの部屋で準備をした。
迎えに来た五十嵐の車に乗り込んでから、風斗の入院している病院へ向かった。
東条と風斗は顔見知りのようで、病室に入ってからは東条が全て風斗に説明してくれる。
汰絽は腕の中でぐずるむくの背中を撫でた。
「彼女は本当にやっかいなことしかしてくれないな。風太はなんだかんだ言って、彼女の言葉には逆らえないからね」
「彼女って静子さんですか」
「ああ、もちろん。きっと圭十も関わってるんだろう」
「おそらく。どうしたらいいですか」
「とりあえず、この封筒を彼女の住む家、まあ本当のことを言えば私の家に届けてくれないか」
そう言って封筒を差し出してきた風斗に汰絽は頷いて、封筒を受け取った。
むくを抱え直してその封筒を大事に鞄にしまう。
風斗は汰絽を手招きするとぎゅっと抱きしめた。
「私の可愛い息子たち。君たちの長男を頼んだよ」
そう言って笑った風斗の顔は、頼もしい父親の顔だった。
小さく返事をしてくしゃくしゃの笑みを浮かべた汰絽に、泣きじゃくっていたむくも精一杯の返事をする。
「よし、壱琉君。僕の可愛い息子たちを頼んだよ」
「はい」
力強い返事をした東条に汰絽も頷いて、病室を出た。
五十嵐の車に乗り込み、東条が行き先を伝えるとすぐに車が走りだす。
鞄に入った封筒に希望を託し、汰絽はぎゅっとむくの小さな手を握った。
「あんまむくに見せたくない状況だな」
「はい、五十嵐さん…」
「ええもちろん。そのためにしっかり準備してきました。むく君の好きなおもちゃからお菓子、なんでも持ってきましたよ」
「あ、ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべている五十嵐に汰絽も小さく笑った。
腕の中のむくはおもちゃと聞いて少しだけ元気が出たようで、泣きじゃくるのをやめる。
助手席に座った壱琉が振り返り、むくの頭を撫でるとむくが嬉しそうに笑った。
「お前、何としてでも春野を連れ帰れよ」
「はい、絶対に。あの人は、あのマンションで笑ってるのが一番ですから」
「頼もしいな」
「…泣いてばっかじゃ、いつまでも変われないから」
そういった汰絽の表情に東条も笑みを浮かべた。
五十嵐の運転する車は、汰絽たちが黒猫のある隣町へ向かって走る。
隣町の都心部へ進んで行く車の中で、汰絽は風太の笑った顔を思い出した。
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