帰る場所
「風太どこ行っちゃったの」
不安そうに見上げてくるむくに、汰絽は泣いてしまいそうになった。
コーヒーとクッキーを用意して、と、言ったっきり風太はその夜帰ってこなかった。
むくとふたりソファーで座って待っても帰ってこない。
いつの間にか疲れて眠ってしまっていたようで、起きた時には太陽が昇りきっていた。
そして風太は帰ってこなかった。
「たぁちゃん」
「むく、うん、大丈夫だよ」
何が、大丈夫なのだろうか。
帰ってこなかった風太がどこに行ったのかも汰絽は知らない。
誰に頼ればいいのかわからずに携帯を眺めたけれど、帰ってこなかったという事実に動くことができなかった。
それでも好野や杏、夏翔に風太の行方を訪ねたけれど、ふたりともから知らないという答えが返ってくる。
「壱琉さん、に聞いてみよっか」
精一杯の笑顔を作って、むくに笑いかけて震える手で携帯で東条の電話番号を呼び出した。
「もしもし、あの、」
『汰絽か、どうした』
「あ…、どうしよ、風太さんが、」
『汰絽? 春野がどうした』
「風太さんが、いなくなっちゃった」
言葉にすると一気に不安がこみ上げてきて、目頭が熱くなり鼻がツンと痛くなった。
そう呟いたきり静かになった汰絽に、東条はすぐに行くからと告げて電話を切る。
通話が切れた音が携帯から聞こえてきて、汰絽はその場に崩れ落ちた。
「風太さん、ひとりに、しないで…っ」
ボロボロと涙がこぼれ落ちて目の前が見えなくなる。
小さな手が汰絽の頬に触れて、名前を呼ぶ声が聞こえた。
その小さな手をぎゅっと握り、汰絽はむくを抱きしめた。
チャイムの音が聞こえて、むくに手を引かれ玄関へ向かう。
震える手で鍵を開けると、息を切らした東条がいた。
大丈夫か、と声をかけてくる声に、少しだけホッとした汰絽は小さく頷く。
部屋に入った東条にコーヒーを入れてから、汰絽はカーペットの上に腰を下ろした。
ソファーに座った東条はむくを膝に乗せて頭を撫でる。
「あの時から帰ってこないのか」
「はい、携帯も、財布もここにあって、」
そう言ってから、頭痛を感じ額に手を当てる。
たくさん泣いたからか、眉間の奥がずっと痛かった。
それが頭痛に発展したのか、頭がグワングワンする。
「…お前大丈夫か」
「え?」
「顔色悪い」
「…、僕は大丈夫、それより、あなたのところにも、連絡ないですか」
「…あぁ、来てない。うちのやつらにも見かけたら教えろって言ったが誰も見てない」
東条の言葉にうなだれて、テーブルに突っ伏す。
やっぱり幸せすぎると怖いのは当たりだった。
すぐに悲しいことが起きる。
幸せすぎて怖いって呟いたら、頭を撫でながら今は幸せだからな、そう言って笑ってくれた風太の顔を思い出した。
「風太さんの、嘘つき」
小さく呟く汰絽の声に、東条は汰絽の背中を撫でた。
その手の大きさがどこか風太に似ていて、また涙がこぼれ始める。
先が見えないトンネルの中に入ってしまったようなそんな気持ちに陥った。
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