呼んでいない人
「いち、ご本よんでー」
朝食を食べてから、むくと東条はカーペットの上で一緒に遊んでいた。
その様子を汰絽と風太はダイニングテーブルから眺めている。
ここ最近は穏やかな天気が続いていたが、今日はあいにくな雨降りだった。
なんだか嫌な感覚が風太の中で淀んでいて、少しだけ憂鬱な気分になる。
「風太さん?」
そっと顔を覗き込んできた汰絽の表情が不安そうで、風太はハッとした。
どうした、とすぐに答えれば汰絽は首を振ってから小さく笑う。
まだ不安げな様子を残していて、風太は苦笑した。
「不安にさせたな。悪い」
「いえ…。あ、そうだ、温かいコーヒー飲みますか?」
「ああ、頼む。あと、たろ、お前の作ったクッキーが食べたい」
「…っ、はいっ」
嬉しそうに頬を染めた汰絽に風太はキュンとしながら、今度はコーヒーを入れに行った汰絽の背中を眺めた。
可愛らしい恋人の姿を眺めていたら、心が少しだけ晴れる。
「ふうたーみてーっ」
大きな声で呼ぶむくの方を向くと、むくが嬉しそうに折り紙を見せてくれた。
丸い折り紙と三角の折り紙がノリで貼られていて、キラキラとした小さな紙が貼られている。
「アイスだよ!」
と、嬉しそうにうんと手を伸ばして見せてくれる様子に、思わず笑みがこぼれた。
外の天気とは違って穏やかな雰囲気で過ごしていた春野家に、不吉な足音が聞こえた。
穏やかなチャイムとともに。
「あ、はーい」
「いいよ、俺が出てくる。お前は俺のクッキーとコーヒーを用意しといて」
「はい」
いつもの癖で返事をした汰絽に笑いながら風太は立ち上がる。
汰絽の頭を撫でてから玄関に向かった。
玄関のドアを開けると、圭十の姿が見える。
「なんだお前かよ」
そう声をかけると、圭十が困ったように笑って、それからドアを開いた。
「…よく、ここに来れたな」
目の前に立った女に、吐き気が催してきて口元を押さえながら風太は低い声で呟いた。
圭十を睨みつけてから、風太は穏やかな笑い声が聞こえて来る自宅から出た。
汰絽の入れた温かなコーヒーとクッキーのことを考えながら。
むくの笑い声を聞きながら、コーヒーを入れ終えた。
美味しいって言ってくれたら、嬉しい。
そう思いながら、汰絽はクッキーを皿に乗せてテーブルに運ぶ。
風太が戻ってこないことに疑問を感じ、少しだけ様子を見ようと玄関へ向かった。
「風太さん?」
玄関に続くドアを開けるとそこには誰もいなかった。
静かな玄関に、汰絽はどうしようもなく不安を感じる。
「どこ、行ったんですか」
思わずぽつりと呟き、汰絽はぎゅっと手を握った。
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