おやすみ、可愛い恋人
お風呂に入ってから風太の部屋に入ると、風太がディスクに向かってカタカタとキーボードを叩いていた。
ソファーに腰を下ろしてその様子を眺める。
猫背な背中を眺めていると、ドキドキと胸が高鳴った。


「風太さん、お茶とか飲みますか」

「んー、いいかな。それよりこっちおいで」

ディスクトップに向かったままおいでと呼ぶその姿に、ゆるゆると口緩ませながら近づく。
クイッと腰を抱き寄せられて、風太の膝に腰を下ろした。


「なに、」

「これ見て。どう思う」

「あっ」

それは今話題の純文学作家の帯のキャッチコピーで、汰絽は思わず声を漏らした。
その作家は滅多に恋愛を取り扱った話を書く作家ではなく、ファンの間で新作が恋愛ものなのではないかとささやかな噂が立っている。
汰絽もその作家のファンでよく小説を鞄の中に潜ませていた。


「内緒な。どう?」

「は、はいっ。すごく、惹かれるキャッチコピーだと思います。なんだか胸が高鳴るような、読んでみたい、知りたいって思う言葉だと、僕は思います」

キラキラと目を輝かせて話す汰絽に風太は小さく笑った。
アルバイトをしろと祖父に言われて始めた帯作りとポスターの作成は案外苦労する。
世の中に出すものでもあるから責任を持ってやらなければならない。
少しだけ、このキャッチコピーでどうなのだろうか、帯の色は、材質は、これで良いのだろうか、と悩み始めていた。
本当なら社外の人間に見せるのはいけないのだろうが、少しだけ聞いてみたくなってしまい汰絽に尋ねてみたら思ったよりも良い反応をもらえて少しだけ嬉しくなる。
もう一度自分が作っている帯を眺めていると、今のお前にこれはうってつけだろうと渡されたサンプル本を読んだ時の祖父の笑う顔にぞっとした覚えを思い出した。


「やっぱり新作は恋愛ものだったんですね」

「何、噂になってた?」

「はい、前作から作風が少し穏やかになったような気がしてたんです。ファンの間でやっぱり噂になってて」

「俺は飯沼先生の作品最近読み始めたばかりだから、そこまでは知らなかったわ」

「ふふ、ちょっと嬉しいです。それに風太さんの言葉づかい、とっても好きです」

膝の上で嬉しそうにディスクトップを眺めている汰絽に風太は少しだけ恥ずかしくなった。
それでも純粋に褒めてくれる汰絽の言葉が嬉しくて、目の前の小さな体を抱きしめる。


「サンキュ、たろ」

「いいえ、僕こそありがとうございます」

「んー、可愛いなーお前はー」

グリグリと汰絽の背中に頭を押し付けてから笑えば、汰絽もケタケタと笑った。
手を伸ばしてデータを保存してからシャットダウンし、汰絽を抱きしめる。
自分よりも可愛らしい体を抱き上げて、ベッドに移った。
汰絽を先にベッドに降ろしてから、風太も隣に座る。
小さな手をぎゅっと握るとすぐにぎゅっと握り返してくれた。


「たろ、怖いのとか見る?」

「えー、嫌です」

「じゃあ、どうしよっか」

「えっ?」

手の甲を撫でる親指が熱を持っているような気がして、心臓をぎゅっと掴まれたような感覚が襲ってくる。
優しい声もいつもと違って低く甘い。
ドキドキと鼓動が早まっていき、汰絽はぎゅっと目をつむった。


「冗談だよ」

糸が切れたように冗談だと告げた風太は優しく笑い、むくがしてくるみたいなこどものキスをくれる。
緊張が解けて汰絽も口元を緩ませた。


「よろっと寝るか」

「そ、そうですね」

風太がベッドに横になって、汰絽に壁の方に入るように言われ、ゆっくりと壁側に寝転がった。
仰向けになって天井を見上げれば、同じようにしていた風太が寝返りを打って汰絽の方を向く。


「たろ、もっとこっちよって」

「…っ」

優しい声で呼ばれて断れずに近づく。
風太の胸に顔を埋めれば、ホッと息を吐くような声が聞こえた。


「お前、こうしなきゃねれないだろ」

「…ん、確かに…、とっても眠くなってきました」

「おう、よかった。俺も、眠くなってきたわ」

「うん、風太さん、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

温かなお互いの体温に包まれて、ふたりはゆっくり瞼を下ろした。
風太の腕の重みがとても心地よくてぐっすり眠れる予感がした。
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